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「ふあぁ……」
うっかり大きなあくびを洩らしてしまった沙凪は誤魔化すことはせず、涙を浮かべた目をしぱしぱと瞬いた。
手に持った小さな白いキャンバスを目の前にかざしてにっこりと微笑む。
「完成しました〜」
そのキャンバスには人物画がスケッチされていて、沙凪はにこにこしながら目の前の細いスツールに腰掛ける模写体と絵を見比べた。
「早いですねー。もう終わったんですか?」
スツールに腰掛けていた女性客は沙凪の眠そうな様子に不快感を抱く様子もなく、少し拍子抜けした面持ちで遠慮がちにその絵を受け取った。
そしてまじまじとその肖像画を眺める。
その女性客は今年大学に進学したばかりの若者だったが、小さなキャンバスに描かれた絵と見比べると――違う、とまではいかないものの似てはいるのだがどこか違う。
その絵は写真の上にモノクロの染料を重ねたような精巧なものだったが、実物に比べて幼い印象がある。
実年令より五歳は若返ったような、幼くも純な眼差しを称えた面差しで、こちらをじっと見つめている――
「あ、そうそう。中学生の頃はこんな感じでした。馬鹿の一つ覚えみたいに三つ編みにばっかりしてて」
そして不思議そうに小首を傾げ、
「…でも、言ってなかったのにその頃の私の髪型と同じなんて凄い偶然。まるで知ってたみたいですね」
「エヘヘ、中学生はみんな三つ編みなんですよぉ〜」
沙凪は俯きがちに照れ笑いすると、頭の後ろを掻いている。
まあ確かにね、と相好を崩した女性客は肖像画を大事そうに紙袋にしまいこむと『今度、友達も連れてきますね』と言い残し、心なしか名残惜しそうにその画廊から姿を消していく。
カランコロン……
画廊の扉が開閉するときに鳴る鐘の響きが、沙凪一人きりになった店内を柔らかく包んだ。
――ここは小さな商店街の一角にある『洸風画廊』という画材屋だった。
絵画の寵愛者にとっては通いつめるだけで至福を味わえるような、専門的な絵画用品が大小様々な商品棚に陳列されている。
店外の壁面は一面ショーウインドウとなっていて、そこには持ち込みも含め、多数の絵画が掲出されている。
そのひとつひとつには、手書きの小さな値札が飾りのようにぶら下がっていた。
「お掃除しなきゃ〜」
沙凪はのんびりと立ち上がると、ピンク色の小さなハタキでぱたぱたと店内の掃除を始めた。
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