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店長不在をさらりと失念して二人の世界に入ってしまってからは、仲良く並んでウィンドウに掲出されている販売用の絵画をまったりと眺めたりしていた。
朔夜に絵心はなかったが、沙凪に合わせてか本当に楽しそうな様子で、ときに真摯に説明に聴き入り絵画に見入っていた。
ふと、あの道具はどのように使うの?と尋ねた朔夜の目が、その背後に溶け込むようにして鎮座していたそれに気づき、笑顔を急に凍りつかせた。
店の奥を凝視したまま尋常ではない表情で固まっている。
「?」
沙凪が彼の視線の先を追うとそこには、暖簾の奥からのっそりと現れて毛繕いをしている猫の姿があった。
浴びている注目をものともせずレジカウンターの上にぴょんと飛び乗った猫は、実に気持よさそうに目を細め欠伸をして、カウンターを寝床にくるりと丸まった。
「ああ、店長の飼っている猫ちゃんなんだ。朔夜クン猫が苦手だなんて知らなかった、ごめんねー」
沙凪は猫を抱き上げ、なにやら言葉をかけながら暖簾の奥にそっと置いた。
「あ…いや、まあ、その…黒い猫はちょっと苦手で…」
弱ったなあ、といった表情で照れたように頭を掻いている。
その仕草に沙凪もエヘヘ、と笑った。
――しかし、二人が…いや、沙凪が何の曇りもない笑顔を浮かべられるのは、きっとここが最後だったのかもしれない。
もし光を知らない目であったなら、それを見ることもなかった。
世界に言葉が存在しなければ、痛みを伴うこともなかった。
辛苦も血涙も、いつかは――永い時を重ねて忘れさせてくれるはずだった。
「ねえ朔夜クン、バイト終わったら一緒にゴハン食べに行かない?」
沙凪は――この時はまだ、何も分かってはいなかったのだ。
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