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薄められた墨のように曇る空の――背面からの微かな逆光が、彼女の表情を僅かながら見えにくくさせている。
彼女はさり気なく辺りを見回して人気が無いのを確認するや否や、急に表情をがらりと変えた。
くにゃ、と上体を傾け腰に手を当てて、呆れたように口を開く。
「ちょっとサトピ〜…やっぱ忘れてるとは思ってたけどさぁ〜…」
葵は肩をすくめ、やれやれといった素振りをしている。
「お前まだいたのか。傘を忘れたのか?」
「そりゃいたってぇのっ!どーせ手紙読んでないだろーから、ま、知らなくてもしょーがないけどー」
何故だかご立腹な葵に、聖は怪訝そうに少しだけ眉間をひそめて間をためる。
「…ああ、あれか」
「ほら忘れてた。端所っちゃうとサトピを好いてくれてる女の子が待ってんのー。とにかく今回はゼッタイ来てもらうかんね」
「わざわざ行く理由がない。用件を持って来ればいい」
返事は至極あっさりとしていて身も蓋も無い。もう話は済んだとばかりに聖は顔を逸らし、校舎の外へと歩き出してしまう。
そして葵はひとり、その場に取り残されたのだった。
「断るなら断るで…自分の口から言うべきじゃないかねー…違うのかね」
葵は当然のように釈然としない表情だったが、すぐにちらりと聖の後ろ姿を睨むと踵を返し、その手紙を寄越した女生徒が待つ三階の踊り場に向かった。
階段を登りながらはああ、と重い溜息をつく。
――いつものこういった橋渡しを好んでやっている訳ではないものの、聖に近い人間など自分しかいないのだ。それに告白する側の気持ちを考えると無下にはできない。
そんな自分のお人好しぶりは、苦いのか残念なのか。
(何であんな冷血鬼畜男がモテるんだか)
彼女は心の中でいつもそう腐している。
しかしその苛立ちの裏側に眠る自分の気持ちに気付いてもいる――
聖は中肉中背で色白なせいか男臭さが無い。でも立ち居振る舞いや気質は間違いなく男のもので、やや目元が険しいものの顔立ちも整っている。
そして彼自身の物腰というか雰囲気というか、独特の空気感があって、すれ違う女性に振り返られたりもしている。
少なくとも葵はそういう印象を受けていた。
――彼と彼女は父方の従姉弟だが、もともと同じ街に住んでいた訳ではない。
お互いがとても近しい存在となったのは、十年以上も昔のある出来事が切っ掛けとなっていた。
まあそれはまた別の話で――
「はぁ……」
ともかく葵は再び重い溜息をゆるゆると吐くと、目の前の踊り場にいる女生徒に目を向けたのだった。
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