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『一番前のページに挟んだ手紙、ゼッッタイ読んでネ』
あいつは何を求めてこういう役回りに定着しているのか、と何度目か覚えていない疑問を過ぎらせながら、少しクセのある右上がりの丸っこい字を見下ろす。
一文に目を通しただけで大筋を把握した聖は心中で嘆息しながらもページを捲り、手にとるのを躊躇わせるような少女ファンシー的な封筒の存在を一応確認した。
確認しただけでそのままノートは閉じられ、すぐ黒革の学生鞄へとしまい込まわれた。
目線は再び戻る。
窓際の席だからだろう、外からのしとしとと湿った音がどうしても耳につく。
とはいえ聖はその音が嫌いではないので、不規則な雨垂れに聴き入っていた。
おそらく明日を迎えたころには、もう聞こえなくなっていることだろうが。
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――放課後の教室。
聖は自分の席に腰を落ち着けたまま、そうして暫らく教室で待つ。
別に人を待っている訳ではなく、残る理由がある訳でもない。
単に人混みが嫌いなので、生徒で溢れ返る昇降口をときおり横目で眺めつつ、時間の経過を待つのが日課なだけだった。
しばらくした後、彼は無人の薄暗い教室からゆったりとした足取りで出る。
湿った空気が充満している土足室で革靴に履き替えながら、横目でグラウンドを一瞥した。
そこには降りしきる雨のしぶきでうっすらと白霧がたちこめているような、そんな大降りのグラウンドが広がっている。
聖は天気予報で大雨が予測されていても、ちゃんとした傘を持ち合わせない。
朝、雨が降っていても帰る頃に雨足が途絶え晴れてしまった場合、わざわざ傘を手に持って帰るのが煩わしいからだ。
だからいつも学園指定の折り畳み傘を使っている。
生徒の名前がアルファベットで柄に彫りこんである、無駄なところで手の込まされた特注品だ。
こういう小物にまで金をかけるところは私立ゆえんの拝金主義なのだろうかと、嘲笑ったりなどはしなかったが。
――このときは既に生徒の姿は疎らになっていて、靴を履き替え終えた聖が気怠げに折りたたみ傘を鞄から取り出した、その時だった。
「ちょっと河合くん」
辺りを憚るような小声が聞こえた。
その声は明らかに自分に向けられていたが聞こえないふりをして、聖は土足室の外に向かおうとした。
すると声の主がつかつかと立ち塞がってきたので、仕方なく足を止める。
声で分かってはいたが、それは彼のよく知っている少女の細いシルエットだった。
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