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「まさか…お前…」

「――ひとりめ」


 沙凪の唇が始まりの言葉を紡ぐのと同時だった。

 ――ごきんっ!


「っがぁあああ゙ッ!」


 まるで解き放たれた言葉に従うように、朔夜の首が鈍い音をたてておかしな方向に折れ曲がった。ぐらつく頭を両手で支えながら、朔夜が血走った目を沙凪に向ける。赤く染まり揺らめく視界。しかしそこにはポケットに手を入れ静かに佇む少女の姿しかない。どんな武器もその手には握っていない――


「いっ…いま、どうやって攻撃した?!まるで見えなかったぞ…!?」


 命の補填を終え、首を押さえながら沙凪から間合いをとるためざざっ、と大きく朔夜が後退る。そんなことをしても無意味なのだと知りもせずに。


「私は直接的な攻撃手段を持たない…けれど」


 沙凪は優しげな表情をゆっくりと目許に乗せた。


「若菜さんがあなたに与えた致命傷…『過去』で起きたその出来事を、例えば『現在』に組み替えたら…さあ、どうなる?」

「なっ…な、な…!」

「――ふたりめ」


 どふっ、ぶっ、どっ!と生々しい音をたて、朔夜の額と胸と腹からいっせいに血飛沫が飛び散った。


「がぁぁああああ!」


パアッと空気が赤く染まり、朔夜がもんどりうつ。

 歩が息を飲んだ。目の前で繰り広げられている信じられない光景に頭が空転する。ぽつんと佇むだけの、一見弱々しい少女にしか見えないその姿をゆっくりと網膜に映しこむ。
 …こいつ、まさか…。歩は身の毛もよだつ真理にたどり着き、ゾッと全身を粟立たせた。

 わざとだったのだ。あの壊れた人形のような顔も声も、すべて油断を誘うための演技だったのだ。この場所を選んだのも、それは恐らく歩が捜し求めていた仇を討たせたいがため。戦いに水を差すようなタイミングで会話をして朔夜の注意を歩からそらしつつ、歩が危うくも何度か朔夜を殺し終えるのを、ただ静かに待っていたのだ、この少女は。
 『運命の糸』を『組み替える』ために。

 いつからだ…?一体いつから、沙凪の網は張られていた?携帯を制服に忍ばされた時から…?それとも沙凪の母親に襲われたあの時から…?


「…は…はは……」


 渇いた笑いが喉から零れ落ちた。こんな状況なのに、決して笑えるような状況じゃないのに、次から次に愉快としか言いようがない気持ちが込み上げてきて喉を震わせる。


「――若菜さんっ!」


 沙凪の鋭い声が、思案の淵に沈んでいた歩に突き刺さった。ハッと我に返った瞬間、視界には何も見えなかったけれど、大きな空気のうねりが自分に迫っているのを感じた。渾身の力をこめて横に飛びのく。
 瞬間、ごく近い足元で爆音が炸裂した。熱をもつ爆風に目を閉じ、腕で顔を覆って衝撃を堪える。状況を把握する余裕すらない。あちこちから目茶苦茶な爆音が次々に轟き渡る。爆発の衝撃で粉々に砕かれた床面からはもうもうと粉塵が舞い上がり、まるで濃霧のように空中に散らばった。完全に視界を奪われる。


「くっ…」


 じりじりとした鼓膜の痛みに顔を歪ませながら、頭の隅では何となく分かっていた。なぜ今こんな目茶苦茶な状況が巻き起こっているのか。
 恐らく朔夜は混乱に乗じてこの場から逃走を謀るつもりなのだ。沙凪の言っていたことが正しければ、最後の攻撃によって朔夜にストックされていた命は尽きたことになり、今ヤツは丸裸になっているはず。


「逃が…すかよっ!」


 失血により鉛のように重くなった体に鞭打ち、歩は歯を食いしばって立ち上がった。


「若菜さん!」


 引き止めるような声にパッと顔を向ける。ゆらゆらと粉塵にけぶる灰色の視界の端に黒い影が見えた。澱む空気を切って何かが放り投げられ、歩はぱしっ、と反射的にそれを受け止める。冷たく固い感触。見ると、朔夜の爆撃を受け流す際に身代わりにした拳銃だった。…綺麗なままだ。いくら金属とはいえ、直撃を受けては変形していたって仕方がないものなのに。


「時間がなくて一発しか戻せなかった!使って!」


 その一言で疑問は解消された。沙凪による『運命の操作』というやつだ。俄かには信じがたい事実だが、実際に目の当たりにさせられてしまった今となっては、驚愕など置き去りにして納得せざるを得なかった。
 しのごのと考えるのは後だ。今はとにかく時間がない。敵が完全に闇に紛れてしまう前に仕留めなければ――


「沙凪、ありがとな!」


 歩は痛む腕の存在も忘れると素早く扉に駆け寄り、ぐっと力強くドアノブを掴んだ。



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あきゅろす。
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