[携帯モード] [URL送信]


「不毛な話はもう終わりでいいよね?ねえ沙凪さん」


 偽りで固められた優しい声には、有無を言わせない響きが含まれていた。すっと朔夜が歩に向き直ると、場にぴり、と尖った空気が甦る。
 …わずかに歩の息が切れ始めていることに気づき、朔夜の口許がニヤリと歪む。左腕からの失血が思いがけず酷く、彼女の体力はじわじわと失われつつあった。いつもは快活に煌めく黒い瞳がわずかに霞んでいる。


「なんだか辛そうだねぇ、どうかしたの?若菜歩」

「………くっ」


 からかうような声に、歩が悔しそうに眉間を歪めた。
 いつものようなヤンキー相手の喧嘩ならまだしも、相手は人外の力を備え持つ化け物だ。連中とは比べものにならない。果たしてこんな体で渡り合えるのか…思案を巡らせれば巡らせるほど、絶望的な答が脳裏で蠢こうとする。
 歩はごくりと生唾を飲み下した。背筋を冷たい汗がつたう。

 そんな歩を嘲笑うように、朔夜は残酷な事実を上乗せした。


「ああそうだ、いいことを教えてやるよ。実は俺の命はあと6つもあるんだ。そんなコンディションではどうにもできないだろうな。はっはは、残念でした」

「六…人……」


 歩の双眸に戦慄が走る。五体満足で不意打ちを含め、何とか四人を沈めたというのに、まだ六人も…。
 己の命を省みずに攻撃したとしても、やれるのはせいぜい二人かそこらだろう。到底届かない。もはやこれまでなのか。あたしは兄貴の仇も討てないまま、このまま――…
 絶望に打ちひしがれそうになった時だった。


『――いいえ』


 声は唐突だった。凜としたよく通る声が、対峙する二人の空気を突き破った。


「あなたの命はあなた自身を含めて――あと三つよ」


 朗々と響き渡った言葉の内容に驚いたのか、それとも声の主に対しての驚愕か。瞠目した朔夜がパッと弾かれるようにそちらへと向く。
 ――沙凪の元へと。


「沙凪……?」


 歩も丸くした目をそこに移した。居室の一角。ほのかな月明かりに青白く照らされている彼女は、やはり力無く俯いているだけに見えた。けれど――今の声は確かに沙凪が発したものだった。ついさっきまで、壊れてしまいそうなくらいに頼りなく震えていた筈なのに、これは一体――


「…沙凪さん、そういえば君の能力は何らかの形で人を見抜くというものだったっけ?もっと珍しい能力だと思っていたのに少々拍子抜けだったが…けれど今のは間違ってるよ。能力は正しく使おうね」


 子供を宥めるような口調で、朔夜がやれやれと肩をすくめる。


「ねえ、朔夜くん。運命って信じる?」


 そんな朔夜に全く取り合わないまま、沙凪はまったく脈絡のない言葉を放った。すらりとその場に立ち上る。顔がもたげられ、落ち着いた眼差しがあらわになる。その顔はとても平然としていて――今までの様子などまるで嘘ですと言わんばかりの変貌ぶりだった。
 歩が眉間をひそめる。


「は?運命?一体何の話…ここにきて時間稼ぎか?そんな事をしたって若菜歩はもう使えそうにないが?」

「時間稼ぎなんて無駄なことはしないよ。私には直接的な攻撃手段がないから」

「じゃあ大人しく待ってろよ。後で殺してやるから」

「ねえ朔夜くん、人はみんな『運命の糸』に繋がれてるって言われたら信じる?」

「は?だから……めんどくせぇな、どうでもいいよ運命なんて」


 ふいっと朔夜が歩に向き直ろうとする。それを引き止めるように、声は続いた。


「じゃあ…もし『運命の糸は自由に紡いだり入れ替えたりすることができる』って言われたら、信じる?」

「…は…?運命そのものを操作…?へっ、そんなふざけた能力存在するわけないだろう。そんな神じみた能力なん…て…」


 朔夜は何かに気づいた。言葉尻が沈んでいく。表情がじわじわと失われていく。


「ねえ朔夜くん」


 沙凪の目がすぅっ、と細まり唇がゆるやかな弧を描いた。
 それが合図だった。



[前][次]

21/22ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!