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「無駄、ねぇ」
忌ま忌ましげに顔を歪め激昂する朔夜に、歩の静かな眼差しが真っ直ぐに向けられる。
「無駄だって言ってられるのは、せいぜいあと数回くらいなんじゃねぇの?」
たっぷりとした余裕を口許に称えている歩に反し――朔夜の目尻が神経質そうにぴく、と引き攣った。その仕種は、明らかに歩の台詞にうろたえていることの現れだった。歩がにんまりと笑みを深くする。
「図星ってツラしてんなぁ…ええ?おい」
「…………。」
よもやそんなことまで知られていたとは。ますますもって不愉快だった。確かにストックされている『命』はあと数人分。まあ少なくとも歩が手にする銃の残弾よりは多く『命』は残っているが――。かといって無駄に消されてやるわけにはいかなかった。
無駄に浪費してしまえば、『命』で上塗りされた鎧を剥がされてしまえば、彼自身の『命』を表にさらけ出すことになってしまう。
……それはまずい。背筋を冷たい汗がつたい、スッと頭が冷めていく。自分しか知らない筈の能力をここまで読まれていては、もうふざけてなどいられなかった。こいつは危険だ。特殊能力を持たないただの人間だからと侮れない。
しかし無能な人間にここまでコケにされるとは。ぐらぐらと煮え立つような憤りが込み上げてくる。調子に乗りやがってクソアマが…!
脳内の温度を鎮めるように朔夜の表情がスッと消失した。朔夜の敷いた罠をたった一人でかい潜ってくるあたり、こいつはかなりの身体能力を携えている。油断はできない。これまで収集してきた能力を駆使して、確実に息の根を止めなければならない。
狂暴な火を噴く拳銃は一ミリも朔夜から反らされない。どちらかの喉から、ひゅっ、と息を吐き出す音がした。
――朔夜が動いた。
野生動物さながらの俊敏さで横っ飛びに跳んだが、それを読んだかのように素早く反応した歩にまた撃たれてしまう。が、今回は彼の体は吹っ飛ばなかった。撃たれたのは腕。わざと腕を打ち抜かせた。それが計算だった。
いくら射程距離内とはいえ、拳銃の扱いに慣れていない歩に連射はできない。次に撃鉄が引かれる前に一気に間合いを詰め、相手の体の一部さえ掴むことができれば、アザレアの能力である神経毒を盛ることができる。あの、破壊的な能力を持っていたクリムゾン――沙凪の母でさえ、この能力の前にはひとたまりもなく崩れ落ちたのだ。触れたが最後、それはそのままこちらの勝利を意味する。
――とった……!
腕を伸ばした朔夜が、半ば勝利を確信したときだった。信じられないようなことが俄かに起きた。
そのとき、ニィ、と意地悪く口角を吊り上げた歩の表情がひどく印象的だった。
まるでそれを待ち構えていたように滑らかに一歩引いた歩の半身が横に捻られる。手応えを失った朔夜の腕が空中を掴み、前のめりに上体がかしぐ。
まるでスローモーションのようだった。何一つ無駄のない歩の膝が、一筋の矢のようにまっすぐに飛んでくるのが見えた。それがひゅううと空を切り、ある一点に突き刺さる――
「うらぁぁあああっ!!」
鋭い雄叫びとともに朔夜の首に炸裂した歩の膝は、彼女の渾身の振り抜きに従って凄まじい圧力を従えて彼の頸椎に襲い掛かった。
ごぎんっ!
生々しく軽快な音をたてて首の骨がへし折れた。弓なりに反れた体がずしゃっ!と固いコンクリ床に叩きつけられる。
素早く間合いを取った歩が再び拳銃を構える。頚椎を折られた朔夜が新しい命の補填を終え、四つん這いから立ち上がろうとするその一瞬の間を逃さず発砲する。
今度も銃弾は頭部を捕らえた。またものけ反る朔夜。ゆらゆらとゆらめく硝煙が、独特の匂いを鼻腔に運びこむ。
しん…とした静寂が訪れた。歩は微塵も拳銃の照準を狂わせることのないまま、口角を吊り上げ宣言した。
「これで四人目だな」
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