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 ニィ、と唇を歪め陰惨な笑みを浮かべた朔夜は不意に話題を変える。


「それにしても、俺の準備したアレをよくクリアしたね。…と言いたいところだが、まあ連中の動作パターンは単純だからね。それを読み取りあっさりやり過ごしたってわけか。なかなか面白い余興だっただろう?」


 かつての家族を『連中』『余興』と言い捨てた。すでに彼からはこれまでの優しげな面影など微塵もみられない。変わってしまった――いや、これが元来の『朔夜』の姿なのだろう。


「ああ…あいつらか。必勝法も同じ奴からあらかじめ聞いていたんでな。どうとでもやり過ごせた」

「へえ…では何故ここが分かった?ここに俺がいるとどうやって知った。発信機でもあの女に取り付けてたのか」


 そして沙凪を『あの女』と呼び捨てた。まるで『連中』と変わらない冷たい口調で。
 そう――数ヶ月間に渡る沙凪との恋人期間も、すべてが嘘なのだった。作り物だったのだ。


「それも同じ奴から聞いた。何回も言わせんな」


 小馬鹿にしたように鼻で笑う歩を見た朔夜の形相が変わる。


「だからそれは誰だっつってんだよクソが…」

「さあ。お前をよく知ってる奴じゃね?」


 よく知ってる奴。その言葉を聞いた朔夜の脳裏を一人の少女の儚い後ろ姿がスッと過ぎり、彼は内心ぎくりとした。
 ――静かな黄昏をじっと見つめる細い背中。淡く生々しいオレンジ色に染まる長い黒髪がふわりふわりと風に煽られ横に揺れて…
 朔夜は小さく頭を振り、不穏な思考を掻き消した。確かに彼女であれば自分の事をよく知っている上に、人の内を探ることなど造作もないことだろうが……しかし彼女であるはずがないのだ。《あの方》がこんなに早くここを嗅ぎ付けるはずがない。なぜなら力の半分を自分が譲り受け、完璧に足跡を消しながら逃げてきたのだから。

 朔夜は慎重に歩を見据えた。冷静に己に語りかける。
 こいつの言っていることは嘘だ、でたらめだ。こいつの言っていることを真に受けるな、惑わされるな。すべては二人を殺し、沙凪から能力を奪い、このクソ女から情報を抜き出せばいいだけのことなのだ。
 どうせ殺すことに変わりない。変わりはないのだ。


「で――若菜歩。今さら格好よく登場してどうかしたのか?俺にそんな物騒なモノを向けたりして」


 この問い掛けに歩は間髪を挟まず、はっきりと明瞭に即答した。


「テメェをこの場で折り畳むために来たんだよ」


 その言葉を耳にした朔夜は少しの間ぽかんと呆気に取られていたが、次第にくつくつと肩を揺らして嘲笑を深めると、哀れみと同情の入り混じった眼差しで歩を見返した。


「ヒーロー気取りか痛い奴だな。身の程をわきまえるって言葉を知ってるか?それにお前――」


 つらつらと並べ立てる得意げな口上の最中に、歩はいきなりずがぁん!と発砲した。耳に馴染みかけている轟音が空間にほとばしり、朔夜の土手っ腹が撃ち抜かれる。赤い飛沫が飛び散り、反動で朔夜は背後に腰から昏倒した。
 が、朔夜は一瞬苦痛に顔を歪めただけで、余裕の笑みを崩さず、ゆっくりと立ち上がる。


「だから不死身の俺にそんなことをしても無駄だと――」


 歩は朔夜の口上を完全に無視してなおも発砲する。今度は眉間にびしっ!と弾を受けた朔夜は首をのけ反らせよろめいた。今度は明らかな苛立ちを表情に浮かべギラリと歩を睨みつける。指を伸ばし無造作に額の弾丸を指でほじくり出すと、それを忌ま忌ましげに歩に向かって投げ返し、


「だから無駄だっつってんだろうが何度言えば理解するんだクソアマが!!」


 目を血走らせて激昂した。早送り画像のように傷は見る見るうちに塞がっていくものの、どうやら流した血までは元には戻らないらしく、また苦痛も感じるようだ。



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あきゅろす。
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