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歩は音もたてず素早く踏み込み間合いを詰めると、手に握っていた拳銃を一片の躊躇いもなく朔夜に向けて再び撃ち込んだ。
――ずがぁん!
烈しい炸裂音が鼓膜と空間を乱暴に揺るがす。
二発目を胸のド真ん中に受けた朔夜は身体を丸めるようにもんどりうち、後方にある壁へと背を打ち付けた。ザシッ、と鈍い音がして体がくの字に折れる。
打ちっぱなしのコンクリートの壁に赤い筋で線を描きながら、そのままずるずると地べたに崩折れていく。肢体を弛緩させて座り込み、うなだれた首はぴくりとも動かない。
――死んだかのように見えた。
「おい沙凪、無事か!」
銃を右手に携えたまま素早く呼び掛けるが返事がない。
「沙凪、こいつは敵だ!最近、ここいらは殺人事件が多かったろ?それは全部こいつがやったことなんだ!バイトの店長も、ババア…お前の親をやったのも、全部こいつの仕業なんだ!こいつは次にお前を狙ってんだよ!」
沙凪はただ首を深く折り曲げ、じっとりと俯いたままでいる。垂れ下がった髪の毛の隙間から覗く眼差しは虚ろで、まるで起きたまま意識を飛ばした廃人のように、ゆっくりと胸を膨らませ呼吸を繰り返すだけの、抜け殻のようになっている。
見たところ外傷はないようだが――朔夜に何かされたのは一目瞭然だ。ちっと鋭く舌打ちをした歩は、沙凪から目線を外し、なおも銃口の照準を朔夜に合わせた。
その拳銃は、沙凪のマンションで沙凪が手にしていた、母親をその手で撃ち殺すのに用いた例の拳銃だった。あの時は一発しか弾丸を使っていなかったから、残弾は充分にある。
沙凪に向けていた首を傾げるようにして朔夜を睨み下ろしながら、歩はやや粘着質な口調で低く吐き捨てた。
「おい、死んだふりしてんじゃねぇぞ。連発で殺してやろうか」
それは確信のこもった声音だった。
死んだふり――それはもはや『朔夜は何度でも生き返る』ことを知っている者の言動に他ならなかった。
彼は胸に二発もの銃弾を受けているのだ。仮に一撃目が急所をそれていたとしても、胴体に二発の凶弾を受けて平気でいられるはずがない。
歩は銃の照準をぴたりと合わせたままごとごととブーツの踵を鳴らし距離を詰める。なおも反応しない朔夜に痺れを切らし、さらに一撃を放とうと指に力をこめた時だった。
「…若菜歩。お前は何者だ?なぜそのことを知っている」
それまでうなだれていた頭がゆっくりともたげられる。歩を下から睨めあげながら朔夜がゆっくりと立ち上がる。
「聞いたんだよ。人から」
「それは誰だ」
「へっ、教えるわけねぇだろばーか」
少しずつ後じさり、歩は庇うように沙凪の前に立ちはだかる。
歩との距離を目で量りながら、朔夜は焦れるような苛立ちを胸にくすぶらせていた。…どこから情報が漏れてしまったのだろう。命を補填できる能力を持つことを知るのは自分と死んだ沙凪の母親だけのはずなのだ。自分はあの女の死に際を影から見ていたが、奴らは会話なんてまるでしていなかった。
だから知られているはずがないのだ。伝達手段がない。
なのに何故――
『聞いたんだよ。人から』
…どこの誰からだ。聞き出さねばならない。答える気がないというなら、こいつを確実に殺し、記憶を探らなければならない。
けれど急くつもりはなかった。せっかくのお楽しみのいいところを邪魔してきたクソ忌ま忌ましい女。だからこそ苦しみ抜いて死なせてやろうと、そう思った。
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