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 電波ごしに伝わってくるざわざわとした落ち着きのない空気。通過していく車のエンジン音。なのに人の声が何も聞こえてこない。もしかして変な風に混線してしまったのだろうか…とも思ったが、聖はそれでも『…もしもし』と神妙に呟いてみた。


『っ……くくっ』


 ふいに声が聞こえてきて聖は息を詰めた。声は楽しげに笑っていた。噛み殺すように笑っていた。


『生きてるに決まってるだろ』
「…そのようだな」


 聞こえてきた声に嬉しそうな響きが含まれているような気がするのは考えすぎだろうか。
 ともかく立花は生きていた。それが分かればいい。

 含み笑いだけで相手が誰なのかを分かっていた聖は、こっそりと安堵の息をついた。その気配を気取られまいとすぐに回線を切ろうとしたのに、『なんだ、せっかちな奴だな』とからかうような声につなぎ止められてしまう。


「電話は苦手なんだ」
『そうなのか。ふうん』
「…学校休んでたから、まさかと思ってな。用はそれだけだ。じゃ」
『くくっ…本当に電話嫌いなんだな。学校休んだのはちょっと後回しにできない用事があったからだよ。明日は行くし、体は何ともない』
「そうか。…切るぞ」


 電話は本当に苦手なのだ。何故苦手なのか自分でもよく分からないが、それはたぶん相手の声しか聞こえないからなのだろうと思う。相手の顔が見えないからだ。


『心配してくれたんだろ?ありがとう、河合』


 …ギクリとした。俄かに落ち着かなくなってきて、頭に何も言葉が浮かばなくなってしまった。学校から帰り着くまでの自分の余裕のなさを思い出し、言いようのない気まずさが込み上げる。気がついたら通話ボタンを押して回線を切ってしまっていた。
 ツーッツーッという平坦な電子音が何度も鼓膜の側で繰り返される。


「………。」


 携帯を握っていた手をゆっくりと下ろし、ぱちぱちと瞬きをして、ふたたび画面がダークアウトするまでぼんやりと接続時間の表示を眺めていた。通話時間は四分弱。ゆっくりと携帯を折りたたみ、いつもの定位置であるベッドの端にとすりと置く。
 のろのろと壁時計を見上げ、窓の外に目を移す。そこに広がっていたのは、目に染みるような紅の太陽が遥か遠い地へと沈もうとしている瞬間だった。



 あの時、逃げるように通話を遮断さえしなければ、感謝の言葉に気持ちを変に揺さぶられたりさえしていなければ、きっと最後に小さく囁かれた一言を聖は掬い取れていたのかもしれない。


『――心配してくれたんだろ?』


 そこに含まれていたひとつだけの嘘に、気づくことができていたのかもしれない。



『――ありがとう、河合。最後にお前の声が聞けてよかった』




≪SATOSHI SIDE≫



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