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 席につき虚ろな表情であらぬ方向を見つめている葵に聞こうか迷った。紫と葵は仲がいいようだし、紫の席が空いていることを特段気にしている様子がないということは、何か事情を知っているのかもしれない。
 少し悩んだ末、"葵"と呼びかけようとした時だった。声に被さるようにしてキンコンカンコンと本鈴が鳴ってしまう。と同時にクラス担任がガラガラと大仰に教室のドアを開け放ち入ってきたものだから、聖は葵に声をかけるタイミングを失ってしまった。

 ホームルームに続いて授業が始まる。授業中、聖は気が気でなかった。表情には現れないものの、顎肘をついて何度も何度も頭を空転させる。もしかして――と最悪な結末ばかりが忍び寄り、頭を黒く染め上げる。授業内容など、右から左に全部流れていった。

 授業の進行予定を少し早めにクリアしたらしい担任教師は、ほんの数分ほど授業を早く終えた。キンコンカンコン…とチャイムが最後まで鳴り終わる前に、聖は隣の席に座る葵の名を声を潜めて呼んだ。葵の顔がこちらに向く。


「…こいつ」


 つんつん、と後ろの席を指差す。


「…風邪でもひいたのか?」


 言ったあと、もう少し気の利いた聞き方ができないのかと自分を責めたくなったが、「んー…」と葵が曖昧な声をあげたので思考を止めた。


「さあ…昨日までは風邪をひいてる感じはなかったけど」


 溜め息をつきそうになる。淑女モードに入っている葵にこれ以上突っ込んで尋ねても無駄な気がした。しかしこれでもうどうしようもなくなった。知る手だては……いや、あるにはある。
 担任教師に尋ねるか、直接電話するかメールだ。ただ聖は紫の携帯番号もメアドも知らないので、必然的に担任に欠席理由を聞くという選択肢しか選べないことになる。――いや駄目だ、学級委員でもないのに、いち生徒の個人的欠席事由を尋ねるのは不自然だ。

 嘘を交えて尋ねるとか、葵をうまく使うとか、手段はいくらでも広げようがあるのだが、聖にそれは実行不可能だった。性格的に。

(……そういえば)

 すっかり忘れていた事をふと思い出す。屋上での一人の時間を邪魔され始めていた頃、メアドの書かれたメモを無理矢理押し付けられていたんだった。あの時のメモはどこに置いた?
 聖は瞼を伏せ、記憶を遡っていった。パッとブレザーの上着が目の裏に浮かぶ。

(…上着の中だ)

 聖はよくポケットに手を入れる癖があるが、それはスラックスばかりで上着のポケットには基本的に何も入れない。上着がいびつに膨らむのを嫌っていたためだ。だからきっとメモはそこに入れられたままのはず。
 しかし今は初夏。学校でも既に衣更えを終えているため、ブレザーは家にある。舌打ちをしたい心境になった。

 葵に聞くしかないのだろうかと思いつつも、やはり躊躇ってしまう。どうにも不自然だからだ。聖と紫、二人が何度も屋上で会っていたことを、人間嫌いの聖が紫相手には普通に会話を交わせるようになっていることを、葵は恐らく知らない。


『あんたは死ぬ。場所は俺の目の前だ』


 …そんな会話が屋上で交わされたことを知らない。

 疲れたように額に手を当て、ゆっくりとグラウンドを見下ろした。…俺は何をグダグダと考えているのだろう。
 日差しの強さが増し、グラウンドに敷かれてある小さな砂粒がところどころでキラキラと光っている。風に煽られ幾重にも舞い上がる砂塵は濃霧のようだった。
 流れては浮き上がる砂塵。眺めていると、まるで何かに急かされているような、そんな心境になっていく。

 聖は落ち着かない気持ちをどうにもできず、胸の中にふつふつと持て余した。



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あきゅろす。
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