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 涙でうまい具合に潤んだ瞳を陰らせ、沙凪の肩にそっと手を置く。ぴくっと肩を揺らした沙凪の唇がひゅ、と空気を吸ってぎこちなく動き出す。


「お母さんは忙しい人だから…大きい事件とかあると泊まり込みで帰ってこないときもあるし…警察署に迎えに行っても迷惑になるし…今、すごく難しい事件を追ってるって言ってたから、たぶん帰ってこないと思う…」

「そう。刑事さんって本当に大変なんだね。その難しい事件って解決しそうなの?」

「もう…もうすぐ解決すると思う…お、お母さん、優秀だから」

「優秀なんだ、かっこいいなあ。きっとすごい難事件なんだろうね。どんな事件なの?」


 沙凪の携帯電話を握る手がかたかたと揺れ始めた。


「それは…、……」


 震える声。語尾は擦れ、尻すぼみに消えてしまう。


「え?ごめん、聞こえなかった。それはどんな事件なの?」

「そ、それ、は…」


 それは何?
 ああ愉快だ。気の済むまで高笑いしたい。
 心行くままに感情を表に出せないむず痒さに内心で悶えながら、朔夜は真摯な目をしてさらに問い掛け――


 どばぁんッ!


 ――ようとしたところで、突如激しい音が轟き室内をびりびりと揺るがした。鼓膜が乱暴に揺さぶられ、吃驚した朔夜は音のした方をバッと勢いよく振り返る。


「それはな、変態殺人鬼のテメェがここでぶっ殺されるっていう事件だよ!」


 がぅん!!!


 次いでさっきの音なんて比べものにならないような耳をつんざく音が弾け、と同時に胸に凄まじい激痛がはしった。


「か…かはっ…」


 …女だ。若い女の声だった。逆光になっていたため顔は見えない。背の高い、すらりとした黒いシルエット。ハスキーボイス。ごと、ごと、と足音を響かせ室内に踏み入ってくる。手に何かを持っている。その先から細い煙が立ち上っている。
 月明かりに照らされ、顔が光の元に晒される――


「お、お前は…っ」


 突然の闖入者は端正な顔をニヤリと笑みの形にゆがめ、再び手に持つ拳銃を朔夜に向けてスラリと伸ばした。胸が焼けるように痛い。あれにやられたのか。
 …さっきの一撃で“一人死んで”しまった。ツッと背筋を冷たい汗が伝う。

 …くそ、まさか、こいつが来るだなんて、思いも寄らなかった…!

 朔夜は影をきつく睨みつけ、ぎりりと奥歯を噛む。
 彼は拳銃で胸を撃ち抜かれておきながら昏倒することすらなく、意識も明瞭だった。チッと鋭く舌打ちをすると、血を吐くように影に向かって叫んだ。


「若菜…歩ぃいいッ!」


 ――激昂の迸り。
 終幕が、はじまる。



≪SANA SIDE≫


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