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3


「…携帯」


 ぽつん、と沙凪が呟く。
 制服のポケットから携帯を取り出しパチリと開ける。振動の正体はメール受信音だったらしく、足を止め無言で画面を眺めている。


「朔夜くん」

「…えっ」


 読み終わったらしい。ス、と顔を上げた沙凪は真横を向き、


「ついた。ここなの」


 近接している風化したテナントの中では比較的整然と佇んでいる場所を沙凪は指差した。朔夜の返事を待たずして歩みだすとキィとノブを軋ませながら扉を押し開く。
 外観があんなに薄汚れた路地だったものだから、崩れたテナントの中なんて一体どれだけ汚いのかと思いきや、中はとても閑散としていた。閑散としすぎてゴミひとつ落ちていない。どこの誰が手を着けたのか知る由もなかったが、明らかに簡単な清掃が行き渡ったあとだった。打ちっぱなしのコンクリートの床には、派手に動き回らなければ巻き上がらない程度の、わずかな埃がうっすらと溜まっているだけだった。

 街灯と月明かりが一番集まる明るい場所に二人は並んで腰掛けた。電気が通っていないので照明を点けられないためだ。
 ただ座って、会話は交わさない。沙凪は虚ろな眼差しでぼーっとなってはふと思い出したように携帯をいじり、またぼーっとする。そんなことを繰り返している。


「…不動さん大丈夫?何だかずいぶん疲れてるようだけど…」


 しばらくそうしているうち、しびれを切らしたように、しかし遠慮がちに朔夜が先述の言葉をようやく沙凪にかけたのだった。
 携帯画面のライトに浮かび上がっている沙凪の虚ろな眼差しが声に反応し、のろのろと朔夜に向いた。しかし微妙に焦点のずれているその目を、朔夜は心底心配げな眼差しで見つめ返す。
 …なぜ沙凪が抜け殻のようになるまで憔悴しているのかを知っているくせに、その理由を分かっていながら、朔夜の『あくまでも優しい彼氏』の演技は続いている。心の中ではニヤニヤと陰惨な笑みを浮かべながら、まるで舌なめずりをするように優しい声を纏わせ朔夜は話を続ける。


「話しづらいなら無理に聞こうとは思ってないからいいよ。不動さんの気持ちが落ち着くまで僕がそばにいるから。一人じゃないから、心配しないで」

「…うん、ありがと」


 沙凪は散々弄っていた携帯をパチリと閉じると、前を見つめたまま不自然に頬を強張らせて小さく笑った。


「…ねえ、朔夜くん」

「ん?」

「明日も晴れるかなぁ」

「……え?ああ、まぁ…予報では今週いっぱい晴れるらしいけど…」


 話題が噛み合わない。沙凪の視野の外にいる朔夜はほんの一瞬だけ怪訝そうに眉根を寄せ、慎重に沙凪の目を横から覗きこんだ。

(何だ?いきなり天候の話なんか…)


「…ねえ、朔夜くん」


 まただ。朔夜は返事をしなかった。その代わり、沙凪の目の動きをじっと見つめた。



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