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 こつ、こつ、こつ……


 のろくさいという言葉が相応しいような足取りで、桜並木が美観として知られている公園の近郊にある繁華街を、沙凪は朔夜と二人歩いていた。

 沙凪は朔夜の半歩後をずるずると足を引きずるようにして歩いているが、けして朔夜が先導しているわけではない。あくまで沙凪の気の向くままに歩を進めているのだが、あまりに歩調がのろいため、気をつけないとすぐに朔夜が沙凪を追い越してしまうのだ。

 宵は深まっている。テナントが閉まってしまえば昼間の雑踏など見る影もない。目で数えられる程度の人影がたまに交錯し、やがてそれも時間の経過とともに反比例していく。
 既に大半の商店が軒を畳んでしまっていて、人通りはほぼ途絶えていた。
 ここは昼間は賑やかしく活気があり栄えているが、商店が閉まりきったころには店頭の照明も落とされてしまうため、夜が更けるとまるで無人世界に足を踏み込んでしまったかのようなうすら寂しい界隈になる。

 ――夜9時まで営業していたドラッグストアがとうとう店じまいをし始めてしまった。シャッターが閉まったと同時に辺りはゴーストタウンのような冷たい静けさに包まれる。


 こつ、こつ、こつ…


 静寂の中では、沙凪の靴の音が反響してよく響く。未だ制服姿でいる彼女は、俯きとぼとぼと歩む姿からも、一見家出少女のように見えてしまう。

 沙凪の家から逃げ出してからというもの、それから今に至るまでどちらも口を閉ざしたままでいる。一言もしゃべっていない。しゃべりかけようという雰囲気も垣間見えない。
 むしろ通夜のような沈んだ空気がふたりを取り巻いている。見た目ごく普通の少年少女であるのに、視覚化できそうなほどの暗さを滲ませているせいで、傍目からはかなり異様な印象を抱かせる。

 やおら沙凪がひたり、と足を止めた。その場でゆらりと首を巡らせ、そこから見渡せる情景の中で一番入り込むのに二の足を踏んでしまいそうな、暗く薄気味悪い路地に目を留めると、よりにもよってそちらに向かってずるずると歩きだしてしまった。


「え…こ、こっち…?」


 それまではうなだれて沈みきっている沙凪に遠慮して口を開かずにいた朔夜が、さすがにここは…と言いたげな顔をする。逡巡するように沙凪の背中を見つめていたが、しかし何の返事も得られなかったため、渋々あとをついていく。

 外灯がなければ奥先が見えないほどただ真っすぐに伸びるだけの、閑散とした薄汚い路地。
 踏み込んだ瞬間、ヘドロと埃を混ぜて薄めたような据えた臭いがした。どうやらここは死地らしく、過去に小火でもあったのだろうか、焦げ跡もそのままの、長期間放置されてぼろぼろになったテナントの死骸ばかりが並んでいた。
 そんな場所を、路地を取り巻く不気味な雰囲気さえ気にも留めない様子で、沙凪は夢遊病患者のように脇目も振らずじゃり、と正体不明のゴミのようなものを時折踏みしめながら先へと進んでいく。


「不動さん…ここ気持ち悪いから迂回しない?…あの、それに今どこに向かっ――ヒッ!」


 肩をすくめ沙凪の後ろに隠れるようにしてソロソロと後についていた朔夜が話を終えるまえに、ヴヴヴヴヴ…と羽音のような奇妙な音が路地内に響き渡ったものだから、朔夜は小さく悲鳴を上げて縮こまってしまった。



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