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 ときおり思い出したようにそよぐ涼しい夕凪に、少女の長く艶やかな黒髪が幾度も絹糸のように軽やかになびいて揺れる。何かを思案するように少しだけ目線を上げた少年が、黒髪のゆらめきを見つめながら厳かに口を挟んだ。


「気の遠くなるほどの時間の奔流の中を、たったお一人でそうして生きてこられたのですね」


 奥に何かを含んだような曖昧な言い方に、話が核心に近づいていく気配を微かに感じ取る。少女はゆっくりと首、肩、足を振り向かせながら、縫いとめるように少年を見つめた。


「あなたはおっしゃいます…世界のいずこかに、自身と同じくされる者が必ず存在し、あなたのように世界の均衡を調整しているのだと…しかし、実際にお目に掛けられたことはおありなのでしょうか」


 やや熱をこめて語る少年は、窺うようにそろそろと首をもたげ少女と目を合わせた。けれどいざ自分の内を探ってくるような、混じり気のない黒曜石の瞳と目が合うと、緊張のあまり背中が震えだしてしまう。


『…私が唯一無二の存在、とでも?』


 表情筋が死滅したような顔に見つめられ、少年は腹の底を探られているような心境になる。額の生え際に汗がじわっと滲んだ。


「いえ――そ、そういう意味ではないんです」


 少年は吃りながら慌てて両手を左右に振り否定した。


「ただ…あなたのその華奢な御身で測るには、世界はあまりにも広大すぎます…」

『…………。』

「…………。」

『だから?』

「……は?」

『言いたいことがあるならはっきり言ってしまえばいい』


 少女の、少年の思惑などすべて見透かしていると言わんばかりの眼差しが、少年の張り詰めた緊張を正面から射貫く。
 少年は視線から逃げるように目を伏せうつむく。しばらくの間うつむきながら目を泳がせ躊躇う様子を見せていたが、ややあって少し焦った口調で切り出した。


「は、はい、単刀直入に申し上げますと――その、僕をあなたの片目にしていただけないかと」


 大人の顔色を窺う子供のような眼差しで、少年は心許なさげに少女を下から見上げた。少女の赤い唇が薄く開くのが見える。


『私の片目となり、見返りとして能力の一部を授けてほしい、と』


 とても静かな…水平線に沈んでいく黄昏のように消え入ってしまいそうな声が、撫でるようにやんわりと少年を包む。


「……はい。あなたのその崇高な使命の担い手の一人として、あなただけの隻眼になりたいのです」


 少女は何も応えない。黒目がちの眼差しを微動だにさせず、じっと少年を見つめている。
 決断しかねているのか、私案を巡らせているのか。
 とにかく変化の乏しい表情はいつまでも少女を沈黙で埋めた。

 短い葛藤の末、少女の沈黙を『迷い』と受け取った少年は、『あと一押しだ…!』と己を奮いたたせ、隠された胸の内をむくむくと膨らませた。



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