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ぶぶぶぶぶ――…
ふと聞き慣れない摩擦音を鼓膜が捕らえ、歩は訝しげに動きを止めた。
音の発信源。それは制服のジャケットの中から聞こえてくる。
いつも大したものを入れていない筈のそこから妙な音がするという異様な事態に、歩は恐る恐るというようにポケットをつまんで中を覗きこんだ。
「……は?携帯…?」
歩は携帯電話を持っていない。持っていた時期もあったが、今はない。
なのに何故身に覚えのないこんなものが、しかも気づかない内に自分の服の中に忍ばされているのか。
不気味なものを扱うような手つきでポケットから摘み出した歩は、二つ折りのそれをカチリと開いた。
「……メール?」
新着一件――
四角い封筒を模した絵と並んで表示されているそれをじっと凝視する。
誰の携帯が何の因果で紛れこんだのか、そんな事は分からない。
だが根拠もなく確信していた。歩はこの時このように思っていた。
"紛れこまされた"のだと。
歩の躊躇いのない指はカチカチとボタンを押してメールを開封していく。
そしてその顔はメールの内容に目を通していくにつれ、驚愕と嫌悪、猜疑、困惑――様々なものがない交ぜになった、複雑な表情になっていった。
「…とんでもねぇな…あいつ…」
どこか痛々しさを感じさせる苦笑。
何に対して、はたまた"あいつ"とは誰を差し示すものなのか。
今それを知りうるのは、うすら寒い怖気を感じさせられている彼女の内のみ――
剣呑とした表情で再度メールを読み返した歩は溜め息を一つ吐き出して、携帯を住所録の上に放った。
少しばかり空転しかけていた思考を取り直すように、ぱぱっと制服を脱ぎ始める。
そして今はもう使う必要のなくなった黒っぽい服をクローゼットの奥から無造作に引きずり出すと、手慣れた動作で着こんでいった。
この服を纏って人前に出るのはあまり気が進まないが、外はもう完全な漆黒に包まれている。
無駄な行動さえ慎めば目立つ事はないだろう。それに――
「…兄貴、行ってくる」
身につけた服を指先で撫でる。
以前、遊びで兄とサバイバルゲームを繰り広げた時の思い出が胸に広がり、その鈍い痛みを伴う記憶に無理矢理笑みを浮かべながら彼女は呟いた。
「さて、ゲームじゃないサバイバルにでも行くとするか」
♯消えていくもの
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