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薄く口を開けて少々間の抜けた顔を向けてくる朔夜を、沙凪が力のない目をして見つめ返している。
朔夜は心底驚いた様子をしていて、その表情もそぶりも至って自然で、違和感も演技っぽさも全くない。
今初めてこの惨状に足を踏み入れてしまった沙凪の彼氏、まさにそのものだった。
「不動さん怪我はない…?本当に大丈夫?今日なんだか様子が変だったから何かあったのかと思って…」
緊張を解すようなゆっくりとした口調。朔夜はとても心配げに眉尻を下げると、沙凪の顔を優しく見つめて微笑んだ。
「それで、もしよかったら話でも聞こうと思って電話したんだけど繋がらなかったから心配で、家まで来てしまったんだけど…」
「………あ」
ポケットからするりと携帯電話を抜き出して中を見た沙凪は、そこに並ぶ朔夜からの着信履歴に目をしばたたかせた。
マナーモードにしていたというのもあったが、幾度も服の中でもたらされたであろう振動に、まったく気付けずにいたのだ。
きし、という軋むような音がした。沙凪があまりにも強く携帯電話を握りしめたためだった。
縫いとめられたように液晶画面を凝視しているその黒い瞳は、少しばかり奇妙さを感じてしまうほど全く動いていない。
「もう、ここもダメ…」
しかし声だけは違っていた。
ストン、制服のポケットに携帯電話を戻した沙凪の声は上擦ってわなないていた。
声音は心情を物語るに相応しい。二つの視線が、不安定さながらの沙凪へと寄せられる。
「私は狙われてる…私に関わったから、もしかすると二人も…」
その言葉に目を細め、歩は怪訝そうに眉根を寄せて沙凪を見下ろした。
奥に強い色を孕ませながら、その眼差しは沙凪の次の言葉を待っている。
「どこかに逃げるしかない…ここにはいられない」
歩は一瞬、垂れた横髪で隠れてしまっているその横顔を覗きこもうという衝動に駆られた。
顔を伏せているのは、隠したいのか見られたくないからなのか、などと詮方無い考えが浮かんだからだった。
「え、逃げる…ってどういうこと?」
きょとん、と音がしそうな素振りをして、状況に取り残されている彼氏さながらに、朔夜は沙凪と歩に交互に顔を向けている。
その腹の内で、時間をかけてゆっくりと獲物を追い込んでいく獣のような笑みを浮かべながら。
「朔夜くんも若菜さんも一緒に逃げよう…早く、ここから早く!」
突然、顔を上げた沙凪が声を張り上げた。
その目の奥は落ち着きを失って揺れている。今にも押し潰されてしまいそうな色を漂わせている。
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