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3


「きしゃあああっ!」


突如、焦点が微妙に合わさっていない双眸が、バッと沙凪に向けられた。
それはまるで――自分に向けられた視線に反応したかのようなタイミングで。


「まずい…沙凪!」

「…………。」


沙凪は自身に迫り来るものに一片の反応すら浮かべていない。動かない。ただ鏡の奥を見つめている。
蛍子を挟んで反対側にうずくまる歩の手は遠く、沙凪に届かない。


――ぎゃしゃっ!


そうして――蛍子が両手で激しく掴みかかったのは、沙凪の――突っ立ったまま今は目を伏せている彼女の姿を映す三面鏡だった。


「きしゃっ、きしゃあああっ!」


爪を幾度も打ち付けられた鏡には蜘蛛の巣状に皹が入り、カシャカシャと少しずつ剥がれ落ちていく。
それでも、いつまでも、蛍子は鏡に向かって爪を突き立て続けているだけだった。


「――なんだ…?」


まさか。

両手両膝をついたまま茫然とそれらの様子を眺める歩が、擦れた声で呟いた。


(終わっ…た…?)


まさか…、
つい先程までどうしようもなかったあの状況が、こうも呆気なく収束してしまったというのか?

活動が停止した歩の脳を、ただ蛍子の奇声が通過していく。


「…あの子も店長もお母さんも…自分と、視線を跳ね返し合う存在に飛びつくだけ…ただ、それだけ…」


ぽつぽつと、言葉の断片を重ねていくようなその声を耳にした歩は、畏怖に近いものを込めた眼差しをゆっくりとそこへ――沙凪へと向けてゆく。

そして注意深く様子を観察していく。顔をうつむかせた沙凪は、なおも小さくぶつぶつと呟いているのが唇の動きで分かった。

沙凪は呟きながら、ゆらりと腕を上げる。蛍子のこめかみに、手に握った何かの先を向けている。


「お、おい、おま…」

「私にはもともと何もなくて…やっぱり結局は独りで…でも私はこういう時が最期まで来なければいいのにって、ずっとこのままでもいいって、本当にそう思ってたのに…何でかなぁ…お母さん」


かちり、
彼女は手に握ったリボルバーの安全装置をスライドさせた。


「あなたに生前の能力が残っていたなら、こんな浅知恵なんかじゃきっとどうしようもなかったね…。仇なんて、そんなもの別にどうでもよかったのに…」

「何、言ってんだ…?」


歩は思いきり訝しげに眉間を寄せている。
彼女はこの状況についてこれていない。
ただ、これから何が起こるのかだけは漠然と分かっている。
肯定と否定の入り混じる眼差しを、沙凪へと向けている。



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