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「あ〜、二日酔いでまだ頭がくらくらするぅ〜」

「羽目外しすぎ」


その二人も沙凪達と同年代のようだったが、公共の場で学生にあるまじき発言をしていた。


「まさか毎年やってるの?葵はともかく、河合君はあまりああいうの好まなそうだけど」

「んー、嫌そうにされてもムリヤリ押しかけるしー。でも見た?真面目ぶって飲んでなかったでしょ?サトピほんとーは飲めるのにさぁ。しかもザル」

「へえ」


いささか歳不相応な話題ながら、何の悩みも苦労もなさそうな実に呑気な会話だ。

平和あふれるその会話を聞き流しながら、歩はびゅんびゅんと流れていく車窓の景色を睨むように眺めていた。
ガラス窓一枚隔てた外の世界は、もう闇が濃くなりかけてしまっている。

このまま――もう何事もなく長かった一日は終わってくれるのだろうか。


***


北町駅に停車したところで二人は足早に下車して、言葉も交さないまま走るような足取りで沙凪の住むマンションへと向かう。

マンションに辿り着いた時、沙凪はエレベーターを待つのすら酷くもどかしそうにしていた。
歩が引き止めなければ階段で上層階まで向かおうとしてしまう素振りさえ見せていた。
そんな事をしてしまえば余計に時間がかかってしまうのだという判断すらできないほど、じっとしていられなかったようだった。

9階へ到着して、エレベーターを飛び出した沙凪は焦る手付きで慌てて家の鍵を差し込み、勢いよくドアを開け放つ。


「…―――――!!」


二人とも息を呑み込んだ。

ちがう。流れる空気がちがう。いや何もかもが違いすぎている。

電灯が皎々と照らし出す家の中は以前の見る影もなく、壁には真っ黒に焦げた箇所もあり、むっとした熱気と妙な鉄臭さが充満している。

廊下の奥には血だろうか、赤黒いものがべったりとこびり付いているのも見えた。
間違いなく何かが起こって過ぎ去ったあと――だった。


「…お、お母さん!」

「待て!不用意に入り込むな!」


歩の手は虚しく空を薙ぎ、沙凪に届かない。
彼女は靴を履いたまま、廊下の先へと駆けて行ってしまった。

そして玄関口からみて一番手前にあるリビングへと駆け込もうとしたときだった。


「しゃああっ!」


聞き覚えのある音が聞こえた。
鼓膜に痛みを残す声。ほんの少し前に。耳に染み付いて忘れられない、あのヒビ割れたような声が。

沙凪の眼前で――何かが物凄い速度で勢いでリビングから廊下へと飛び出してきて、右手の部屋へと飛び移っていく姿が見えた。


「―――え…?」


沙凪はただ、ぽかんとその場に立ち尽した。


「くそっ!」


歩が沙凪の横を走り抜けていく。


「気をしっかり持て沙凪!これはもう…どうしようもない現実なんだ!」


鞄を投げ捨てた歩はスタンロッドを手に、右手の部屋へと駆け込んでいった。



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