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「…くそったれが」


歩の眉間には苦さが深く刻まれている。

おそらく彼――店長はもうとっくに死んでしまっているのだろう。昼間に遭遇したあの奇妙な女子生徒のように。
そして死してなお何らかの細工を施され、接触者に対して攻撃衝動を向けさせられているのだろう。
瞑目すら叶わず、安らかな眠りさえ踏みにじられて。

――きっとそうなのだ。
これではまるで人形だ。
人間だったのに。人間として生きていたものだったのに。


のそり、とした緩慢な動きで彼が身を起こしていく。
そして少しの間、丸めた背をこちらに向けて何かを考え込むように静止していたが、やおらバシンと床を蹴り上げ天井に向かって飛び上がった。

――と、その勢いのまま反転すると天井を蹴り、反動と重力を併せもって加速された動きが歩へと迫る。
辛うじて後転して攻撃を凌いだ歩の長いスカートが、ふわり、と翻った。


「若菜さん、上見て!」


叫んだ沙凪の言葉に、考えるよりも早く、反射的に歩は天井に目を向けていた。

――何もない。

天井にはもちろん闇以外何も見当たらない。相手が貼りついているのでもない。
なぜなら相手は自分の眼前にいるのだから。

その時だった。動体視力ぎりぎりで何とか捉えられていた彼の動きがぴたり、と止まったのだ。

人間の視界は広い。
瞳を向けていない周視も視覚分野として認識できる。
彼の、そのほんのごく僅かな変化を見逃すほど、歩は鈍くなかった。

跳ねるように一歩大きく踏み出して、手にした警棒を真っ直ぐ彼の胸に叩き付ける。刹那――


ばぢばぢばぢっ!!


鼓膜を揺るがす凄まじい音と触手のような白い光が弾けるとともに彼の体はどん、と大きく揺らぎ、糸の切れたあやつり人形のようにずるずると足元に崩れていき――動かなくなった。

黒光りを放つ棒がインパクトした箇所からは細い煙が立ち昇っている。

それはもはや、たとえ死んでいようと、もう完全に歩く、走るといったような生活活動が不可能になるまで、全身の細胞組織を電圧によって麻痺させられた状態なのだった。


――いま歩が用いた警棒は、兵器嗜好のあった兄の遺品の中から見つけだしたものだった。
一体いつ頃、どこでどうやって何のために入手したのかは皆目見当がつかなかったが、それは違法改造に近い細工が施されているスタンロッドで、最高電圧などの詳細はまったく分からない。
だが威力は見てのとおりのものだった。


「…………。」


何の表情も顔に浮かべることなく、歩は完全に沈黙した男の亡骸をじっと見下ろしている。

兄の仇を討つ目的でごく最近携帯するようになった武器で、既に死んでいる相手であったとはいえ――彼女は殺してしまったのだ。

彼を活動させていたのは偽りのものであったが、それでも自らのその手で完全にうち滅ぼしてしまった。

それまでずっと座り込んだまま縮こまっていた沙凪が、そろそろと立ち上がる気配がした。

足音を忍ばせるようにして、立ちすくむ歩の背に向かって気配は遠慮がちに近寄ってくる。


「店長…。若菜さん…」


す、と歩は無表情を沙凪に向けた。
そこには不安げに眉を下げて歩を心配気に見上げている沙凪の瞳があった。
恐怖と知人の非業の死への哀しみで、目を真っ赤にさせている。

歩はしばらく沙凪を見やって――ぽん、と頭に一度だけ軽く掌を置いた。



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あきゅろす。
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