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3


――敵はすぐにでも手が届くところに、こんなにも近いところに正体を潜ませていたのだ。

完全に盲点だった。取り返しのつかない過怠に歯噛みしながら、再び彼のつまらない口上を鼓膜が拾っていく。

しかし脳裏の奥深いどこかで、もう聴いてはならないと警戒音が瞬いている。
これから起こる何かを察知して、心のどこかが恐怖にうち震えている。


「そして先程あなたが、」


勿体ぶるように言葉を止めた時に浮かべられたその笑みは――きっと、永遠に忘れることができないだろう。


「――あなたがゴミクズのように奪った僕の命は、さっき補填したばかりのものでして。チンケな画廊で人間のフリをしていた男の命だったんですよ」


瞬間、音が遮断された。
いや、拒絶したいのに、耳は勝手に言葉の続きを捕えていってしまう。


「あはははっ!あなたの分身のオウルさんですよ、お母さん。皮肉ですねー、自らの魂の一部を自分の手で消してしまうなんて。運命っていうのはなんて理不尽で不愉快なものなんでしょうか」


蛍子は愕然として、ゆっくりと目を閉ざした。
余りの衝撃に感情が麻痺している。
喉の奥が小刻みに痙攣し、わなないた。
呼吸の仕方すら分からなくなった。

奈落に引きずりこまれるような絶望にうちひしがれる。そんな蛍子の様を愉快そうに見下ろしていた朔夜は、やがて表情を消した。


「さて…、」


身を屈めて彼女の顔をゆっくりと覗き込んでくる。
吐き気がした。


「アザレアとオウルの記憶の断片を統合するに、この世界には所属員でさえ掌握しきれていないシステムのような不思議な存在があって、僕やあなた方のような能力者が多数所属しているらしいですね」


記憶を取り込む能力も保有しているのか…。
最早上の空になっている蛍子は、ゆるゆると虚ろな眼差しを少年に向けた。


「次はそこにします。どうすれば接触できますか?詳しい情報を喋って下さい」


にっこりと邪気のない表情で、しかし目の奥にはどろついた昏い光を渦巻かせ、その中に狂気じみた未来予想図を描きだした少年は、うっとりと微笑んだ。


「まあ聞き出さずとも記憶を抜き出す手段はあるんですけどね。でも記憶を保存してある箇所…要するに脳なんですけど、そこに直接触れないといけないんです。めんどくさいんで喋ってください」


遺体からくり抜かれていた目玉。
あれは、その奥にある部位に接触するためだったのか。そういう事だったのか――

蛍子は冷め冷めとした虚ろな眼差しをつい、と逸らした。


「じゃあ骨を一本ずつ折ります。全部折るまでには喋って下さいね。どこからにしましょうか?」


彼は耳元で囁くように、ねちり、と言った。

この悍ましい発言に、彼女は言いようのない恐怖心を沸き立たせる。
これから自分は戦うことすら叶わないまま、小動物のようにじわじわと嬲り殺されなければならないのだ。

こんな――こんな糞餓鬼に。



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あきゅろす。
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