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攻撃をまともに上体に受けたその人物は勢いよく廊下の奥まで吹っ飛び、背中から壁に激突する。

床の上を滑るように、ひと跳びで廊下の奥にまで瞬時に移動した蛍子は、相手の心臓の位置目掛けてまっすぐに拳を突き立てた。

ぐぢっ、と肉と骨の砕ける音とともに背中から貫通した右腕が壁にめりこむ。



これが彼女の能力――燃え盛る焔にたとえられ、そのまま彼女のコードネームともなった『クリムゾンニトロ』と呼ばれる不可視の攻撃だった。

右腕から放たれる空圧が高密度の摩擦現象を起こし、目標に僅かでも接触した瞬間、一気に弾け飛ぶのだ。


――勢いよく腕を引き抜いた彼女の足元で、熱波で前半身が黒焦げになったその人物がずるずると横倒れに廊下に沈み込んでゆく。


「…いつまでも無駄口を叩いているからよ」


赤く濡れた右手首をゆっくりと回しながら、彼女は低く吐き捨てた。


「…………。」


顎に手を当てて死体を見下ろしながら、彼女は表情を後味の悪いものへと変えていく。


「沙凪に…伝えるべきなのかしら…」


事の、顛末を。
そこに――蛍子の足元に転がっている、見るも無残に炭化した死体が誰なのかを。

細い肢体。今はもう見えないが女の子のような愛嬌のある顔――それは以前娘が連れてきた少年、蒼木朔夜のものだった。

しかしまさか彼が、一連の事件の首謀者――ではないにしても、少なくとも関係者であったなどとは。

とっさのことで殺してしまった。これまでの犯行動機を取り調べる事も、今や叶わなくなってしまった。


「……………。」


娘が、母親である蛍子に彼氏を会わせてきたのは初めてだった。
そのときの情景を思い出す。二人ともとても楽しそうに笑っていた。仲睦まじい様子だった。
つまらないタイプの男だという印象しか残ってはいなかったが、それでも娘は本気で彼を気に入っていたようだった。

しかし――これは娘を守るためだったのだ。
いかなる事情も背に腹は変えられない。
他に選択の余地は、なかった。

彼女は眉間を深く寄せ、のしかかる悔苦を掻き消すように重々しく息をつく。

手首を擦りながら、少年の亡骸の脇にそっとひざまずき、黒い塊を静かに見下ろした。


(…一気に最高レベルまでギアチェンジするものではないわね。指が折れてしまったわ)


蛍子は歯軋りをシグナルにして『ギアチェンジ』することで、己の身体能力を自在に変化させることができる。
先程の攻撃は、肉体の限界値まで能力を引き出したものだった。
少年の胴体を貫通した手は急激な負荷に耐えきれず、指が5本とも折れてしまっていた。



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あきゅろす。
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