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「…何ニヤついてんだよ。相変わらず訳分かんねえ奴だな」
若菜さんは訝げな半眼になって、私をじっとりと見ている。
あぁ、またいつものクセでぼーっと反芻してしまっていた。
しかも無意識に思い出し笑いまでしてしまってたみたい…これじゃ変な子って思われても仕方ないよね。
「あのね、画廊のバイトの帰りなのー。あっ、若菜さん!暇なときでいいから今度モデルになってー!」
私は周囲の目を気に留めず、大きな声で若菜さんにぶんぶんと手を振った。
「ち、やなこった」
でも若菜さんはこれ以上話し掛けるなと言わんばかりに、しっしっと私を手で払うようにして、ちんたらした足取りで去っていってしまった。
うーん、またあっさりと断られてしまった…。
よしっ、また今度アタックしよー。諦めないもんね。
一つ拳を握りしめ、そして私はいつものように駅に向かう。
少しばかり電車に揺られて二駅先の北口駅で降車、徒歩5分くらいの我が家にのんびりと向かう。
「お母さん、ただいまぁ」
靴を脱いできちんと並べ、とてとてと板間を進みリビングに顔を覗かせた。
そこには背を向けて晩ご飯を作っている、珍しくお早い帰宅のお母さんの後ろ姿があった。
「おかえりなさい沙凪。ああそうそう。バイトがどうこうって訳じゃないけれど、今度からはもう少し早めに帰るようにしなさい」
背を向けたままの、優しいご指令。
「あぁーもう日が落ちるのがだいぶ早くなってきたもんねぇ」
私は鞄をソファーにぽーんと放り投げ、お母さんの横で紅茶を作りながら頷く。
「それもあるけれど。このところ、この近辺は少し物騒なのよ」
「あはっ、まだニュースにも流れてない極秘情報だぁ」
言いながら、ぴしりと姿勢よく背筋の伸びたお母さんの横顔を見上げた。
少し俯き加減の涼しげな目元。
黒く深い色の瞳、何事に対しても常に注視を怠らない意志がしっかりと根付いてるような、そんな強い目元。
素敵な、私のお母さん。
何を隠そう――私のお母さんは刑事さんなのだ。
しかも捜査第一班というとても多忙らしいとこに所属してて、多岐に渡る情報網を持ってたりする。
だから色んなことにすごく詳しい。
守秘義務とかで中身は教えてもらえないけど、でもさっきみたいに注意を促してくれる。
だから私はお母さんに危ないと言われれば、ちゃんと気を付けるようにしている。
「ほら、緊張感のない顔してないで。今日はちゃんとご飯食べるのよ。最近きちんと食べてないでしょう、間食は程々になさいね」
ぴしゃりと言われた私はうっ…と言葉につまり、紅茶を手にすごすごとリビングに引き下がった。
これ以上そばにいると、またいつものように何でも読まれてしまいそうな気がしたから。
ほとんど夕食時にはいない筈なのに、なんで分かっちゃうのかなぁ。職業病っていうものなんだろうけど。
我が母親ながらあなどりがたしなのです。
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