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瀬戸内
いつかの。
いやだ、怖い、嘘だ、怖い、怖い、怖い。
何故だ、何故自身が刃を
自らが犯してしまったかのように進む記憶。
止まれ、どうか止まってくれ。
わからない、何時の話だ、これは自分じゃない。
何故、幾千もの人が、何故手のひらが血だらけなんだ、
何故微笑む、何故刃を手向ける



知らない、怖い、怖い、怖い怖い怖い。

身を裂かれるような感覚、


一体、何が、起きている?









視線を投げた先の彼は、何かを秘めていた。
誰かはわからない。自ら他人との、知らない人間との交流を断ち切ったのだから。
頭の中は先ほどの呪いのような記憶で一杯だった。
見覚えの無い記憶が鮮明に、はっきりと映るのだから。まるで自らが以前に体験したような感覚にも陥る。

それが愉快で平和なものならまだしも目前にはいくつもの死体が転がり、そして目の前の人間に刃を向けている。
そんな記憶望んだわけでも、妄想で作り上げた覚えすらない。



目を疑うように、人混みの向こうに立つ彼を見つめる。
和気藹々と取り巻きと話す彼に多少違和感を覚えた自分は、興味にそそられる本心を無理矢理打ち切った。


昔から他人との関わりを苦手としてきた自分にとって種類の違う人間は別次元の“モノ”として考えるようになっていた。

つまり、他人は他人。
都合の悪いことや良いこと、自分に善となる人間のようなどこかしら重要視する箇所を含む人以外は一切合切近寄らず、近寄らせずのこれまでなのだ。
一生関わりの持つことのないような人種というのに。



いつの間にか睨むように彼を見ていた自分は改まったように目線を逸らした。
そんな彼も彼でこちらの圧倒するような視線に感づいたのか、取り巻きとの会話を中断してこちらを振り返る。
まずい、ばれたか?
そんな風に悟ると自分は目だけ動かし、ちらりと彼を見る。
彼は何事もなかったかのようにまたもや取り巻きと笑い合う。

まったく関係の無いあの人間によって呪いのような、恐ろしい記憶が頭の中に流れ出したのだ。
有り得ない、どこであの人間と交流を保ったのか。





教室を出るとき彼がこちらを振り向いたのは気のせいだろうか。









あの顔を思い出すだけで体が身震いする。
走馬燈のように駆け巡るあの忌まわしい記憶。
身に覚えは無い。
周囲は死体と血にまみれる。そんな中、自身の刃は目の前の人間へと向けられていた。
そして、刃を振り上げた自分は───


「・・・っ」
激しい頭痛が襲う。
精神でもおかしくなったのだろうか?
激痛を堪えながら、明日になれば忘れるように、と宥めた。
ただただ、あの男が気になるだけだった。









気分が悪い。
ここまで激しい頭痛に襲われるとは思ってもいなかった。
想定の範囲外での出来事に悶絶する自身の体を無理矢理動かし、下駄箱へと向かう。
なるべくあの男を視界に入れないように、いつも以上に注意深く歩を進めた。
見るだけで激痛、とは何かの病気にでもかかってしまったのだろうか?そんな自分を鼻で笑いながら人気の少なくなった廊下を進んだ。
すでに生徒はほとんどと言っていいほど帰宅していた。

残留しているのは補修又は居残りの生徒ばかり。
名前すらわからないあの男が居ないとは限らない。なるべく早足で、早急に目的地へと向かう。
ガンガンと今も尚襲い続ける激痛を追い払い、動きたがらない心身に油を注ぎ、機械のように動かした。

気になる。
解消するにはあの男との対面が必要な筈だ。

怖い。
あの記憶が恐ろしい。
怖い、怖い、怖い。




とたんに投げ出していた手首に何者かに握られたかのような衝撃が走った。
鞄を投げ捨て臨戦態勢に入った自身はの体はまたもや悲鳴を上げる。


「・・・貴様、我に歯向かうとは何事・・・っ!!」
手首をつかんだ主はそう───




「毛利元就!あんただろう!?」




あの男だった。
途端に一時停止だったビデオが高速で再生され始める。
パクパクと口を動かす記憶の人物。
一体誰なのか───


「貴様は、誰だ?」
覚えがないのだ。
ただの悪夢を呼び覚ます人物なだけ。こちらとしては早急に立ち去ってもらいたい。

必死の形相で目の前の男は口を開いた。


「覚えてないのかよ!?俺だよ!こっちに俺らは転生したんだ、まだわかんねえのか!?お前、あの時に・・・」
「・・・・離せ、質問に答えろ」


何が起きているのか。
転生?こっち?こいつ、気でも狂ったんじゃないか?

男は何かを決心したように顔を伏せると、ようやく口を開いた。
早めに名乗って終わらせろ。
甘く見ていた自分が馬鹿だったのだ。







「俺だ、長曾我部家当主、長曾我部元親だ!」






すべてが、その一言、名乗りにより、一転し、暗転した。













あの記憶の男はそう、元親本人だったのだ。
死体も、血も、すべて彼と自らの部下のものだったのだ。
刃を向けた相手もその元親。彼だったのだ。
そして、自らが───

智将、毛利元就であることを。


記憶では自らが元親を殺め、死体を踏みにじった。
自らの部下さえも刃で切り倒し無論相手の兵は木っ端みじんに握りつぶし、殺した。
矢と刀が飛び交う戦場の中での出来事だった。
すべての物語の原点はそこにあったのだ。
刃をぶつけ、人を無慈悲に殺しあったあの頃。
自らの過ちに気づくことはいつだって出来たのに。



相変わらず和気藹々と話を弾ませる元親を思い切り睨むと半分あきれ顔で微笑み返す彼。


違う箇所にどうも不完全さを覚えた自身にとって。




あの頃に殺していれば本当によかったのに。
こっちだって死んだ方がまだ平気なような苦しみを味わう必要だって無かったのだ。
忌まわしき周知の事実、過去の出来事は塗り変えられない。



「離せ・・・貴様が伝える事柄はそれだけだろう?」

思い切り手首を払うと、彼はぱっとそれに動じたように腕を離した。
わざとらしくそこを握りながら自分はそんな彼に背を向ける。



「俺だってはっきり覚えてねえんだよ・・・」
元親は追いかけてこようとしなかった。
ただただ無感動に、そんな言葉を吐き続けるだけ。
真実を知っただけだ。
これ以上この人間には関わる必要が無い。
これ以上裂かれるような感覚には襲われたくないのだ。





「あんたは、どんな記憶が戻ってきたんだ?」




どうも引っかかるそんな一言は、無理矢理自身の手で断ち切った。














「だから寄るなと言った筈だ」

結局、彼と出会ったからといってあの忌まわしい記憶に何か特別変化が起こるわけではなかった。
逆にそれに曖昧になってしまい、相手が“長曾我部元親”ともすら確認が困難な状態。
余計重要な場面はすべて暗転し、現実へ戻る。

いくら自らがあの毛利元就だったとしても、何百年も前の記憶を無理矢理引き出すことは不可能。
ただたんに繰り返される絵巻のような記憶を柵の外で眺めるだけの行為なのだ。


「・・・っ」


恐ろしく人気を失った教室を早足で歩く後をそんな彼が追ってくる。
体格差の為か、多少速度を落とすだけですぐに追いつかれてしまうのだ。


向こうはどんな記憶を見ているのだろうか。


多少気になる箇所が伺えるが、気にしていてはきりがないのだ。




ズキン、と頭痛が走る。
体が倒れそうになるが、感づかれないように体勢を立て直すと何事も無かったかのように歩を進める。
すでに視界いっぱいには死体の山が積み上げられていた。



「毛利、聞く気がないなら耳だけでも貸せ!」
「・・・?」


「あんたは、一体何を考えてるんだ!?」




体が重くなる。


途端に周囲の動きが極端に遅くなり、時間が止まったような感覚に陥る。
その彼の一言が記憶の一部と重なり何やら連動を始めた。
自分は、刃を、向けている。
目の前のその男に、無謀にも策略を足止めさせられたのだ。
考えていること、言葉に出していること、すべてが頭に流れ込んでくるのだ。
ひしひしと浸食を始めるそんな忌まわしい記憶は、いくら振り払っても付きまとう。


「あんたは、一体何を企んでいるんだ!?」
自らの身体はその言葉に動じずに何か言葉を吐くのだ。
それも表せないような、相手を一瞬で突き落とすようなそんな罵倒の言葉。
すると元親は驚いたような、こちらに多少同情したような、そんな表情に成り代わる。





「毛利、俺だってあんたに殺される記憶なんてもう忘れてえんだ」
地面にへたりこんだ自分は彼に背を向け口元を押さえる。
壁際に体を寄せ、元親にそんな表情を見られないように視線を逸らす。



記憶はそんな彼の言葉と同じように進み続ける。



「記憶の中であんたは俺を殺す」
「どうせお前の狙いは俺の首なんだ」
「首を取ってお前は一体、どうしたんだろうな」

目を伏せた自らの前に屈んだ元親は肩に手をかける。
おぞましい記憶が繰り広げられる自らに、それを振り払う余地など一切残っていない。


「俺はあんたに殺された」
「無慈悲に俺に刃を突き立てたんだ」


頬には涙が伝う。
漏れ続ける嗚咽は止む様子が無く、ただ否定するかのように延々と続いていた。

首筋に一瞬の痛覚を覚える。
微かに歯を食いしばり、自身は頭痛とそんな痛みに耐えながらも口を開く。
リンクする映像と現実。
恐ろしい、恐ろしかった。


「・・・止めろ、我は・・・!」
これが限界だった。

その一言に何か反応したのか、元親はふっと顔を上げた。
それに気づいた自身も頭を上げる。



「俺だって・・・あんたを見なきゃな、こんなこと・・・」
彼はふっと視線を外へ反らすと一瞬ちらりとこちらを見た後に、再度目を伏せた。

そうだ。
自分がこの人間を視界に入れなければよかっただけの話だ。
それだけなのだ。
突然多大な罪悪感に見回れる。
人を殺したような、深くから迫ってくるようなもの。

記憶の中ではすでに何百と人間を殺めているというのに。
あれが転生以前の自らの姿とは、どうしても受け入れることができなかった。
きっと元親もそうだろう。



「我が、貴様を・・・・」
力を無くしたような、そんな声。


「知ってるか?」
「・・・知らぬ」
即答に愛想笑いを浮かべた元親は、はだけた自身のYシャツを直し、改まり口を開く。






「俺とあんたが転生して、ここで出会うってことは」
「何だ」

一呼吸の後。



「きっと何か縁があったんだろうな」


「きっと何か縁があるはずさ」



記憶とリンクした。連動した。




身体が震える。
こちらの行動もリンクするような、そんな気がしたのだ。
記憶は、こちらが何かを喋っているまっただ中。
この後、どうなるかはまだ分からない。


何故自分は人を殺めたのだ
何故目の前の男を──殺そうとしている?

刃を構える姿。
この後に、自分は────





「長曾我部」


いつの間にか彼の名前を呼んでいた。
彼はそんなこちらの忌まわしく、おぞましい記憶を打ち破るように、そう───











「許してくれ、あの頃から俺とあんたはきっと・・・切ろうとしても切れない縁があったんだろうな」


「許してくれ、俺とあんたはきっと・・・切ろうとしても切れない縁が存在するんだろうな」


「無論、我は貴様の首を欲するのみ」


「無論、我は貴様の*********」











記憶って、怖いですね。
















「おい毛利!」
「また貴様か・・・」
自らの教室のように堂々と入室してくる元親。
周囲に群がる女子や取り巻きを追い払いながら、こちらへ図々しく歩いてくる。
教室から退室する生徒もあれば、部活へ向かう姿もちらほらと見られた。

「用は何だ、早急に済ませろ」
「わかってんだろ、俺は答えねえよ」
にやにやと怪しげに微笑みながら元親はそう言った。
こっちだって馬鹿じゃない。
忘れるわけが無いのだ。
横目でそんな彼を睨むと、元親も挑戦するような視線で目を合わせる。


あの記憶は、ほぼ見ることはなくなった。
完璧に見なくなった訳ではないがただ単に元親と交流、ある関係を持ち始めたことにより一変したのだ。

周囲の生徒が完璧に居なくなるまで待機。
最後の日直がこちらに多少怯えながら出ていくことを確認する。



「早急に」
「わかってるって」



縁が合ってよかった、と本心では感じているのだ。

彼によって自らの過去も直視することが出来た。











今度は彼を殺めるなどと心配する必要はなさそうだ。






縁が途切れないように紡ぎ続けるのが自らの仕事だ。









過去の本心も、これだった筈なのに──────

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