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瀬戸内
あのふたり
「何・・・?」
「宣戦布告も無しに攻めて・・・!」


鬱陶しい・・・。
元就は一つだけ溜め息をつくと、開け放たれた障子から外の海を睨む。
ちらちらと明かりが点く中で一際大きな明かりが見えた。


ここで策を巡らせ、奴を陥れることだって可能だ。
だが、そんな手間も無駄なほど。

元就は無言でその場から立ち上がると、襖を開けて兵に指示を出す。
武力は不要。
今回は言葉だけで終わらすつもりだった。









「貴様、何用」
周囲では矢が飛ぶ音や刃同士がぶつかる音が絶え間なく聞こえる。
発展させたのは元就本人だが、彼としては自らの力を使い、沈める気はさらさら無い。


一つだけ大きく溜め息を吐いた相手、長曾我部元親は口を開いた。



「だからさ、あんたの部下達が俺んとこの領海にな?わかるか?」

無表情で睨むように元親を睨む元就。
常にそんな調子の彼は、その表情のままで口を開いた。

「それは長曾我部、貴様の足らぬ駒もそうではないか」
「足らぬって何だよ」

挑発するように言葉を吐く元就。
俺の話に耳を貸す気は無さそうだ、と元親は悟った。
半分呆れ口調で彼は周囲へ目を馳せた。


まだ死に至っている兵はいないものの、負傷している人間はざっと数十と見受けられる。
部下を捨て駒だの何だの言っている元就にとって“勝利”さえあればどうでもいいような事なのだろうが、ただの談合を持ちかけただけの元親にとってはこれから先の随分なハンデとなることは間違い無しだ。



元就の背後では弓を常に構えた部下。
元親にとってはどうでもいいような事だが、正直彼自ら元就に攻撃か何か仕掛けないと話を聞いてくれないこと位わかっていた。
筆頭となる自分達が武器を振るうとなると、更に死傷者や負傷者が増えることは承知している。




「長曾我部」
話を振ったのは珍しく元就だった。

「何だ?」
「我の領海を汚染しているのは貴様自信。とっとと帰れ。せめても貴様独り身にし、すべて領海を譲るとならば考えてやってもよしとしよう」


よくもまぁあんな言葉がぽんぽん出てくるな、と元親。
全く話を聞く様子も、こちらの対応に応じる様子もない。
元親が背後に構える部下が弓を構える元就の兵に先ほどからガンをとばし続けていたがそんな様子に怯む様子もなく、淡々と矢先をこちらへ向ける。



「あんたよ」
元親が声をかけると元就は睨むように彼へ目を向ける。

「俺んとこの早く返して欲しいんだが」
「で、あれば貴様も我の兵を返還せよ」
「あんたが話に乗ってくれればな」


多少の間の後に、元就は無言で右手を上に上げた。
すると数名の兵が頭を下げ、背後の暗闇へ消える。


「おら!出せ!」
威勢良く元親の兵が声を上らげると、腕だけを押さえられた毛利軍の兵が数名塩らしく出てきた。
元就の顔を見るなり、さっと表情を青ざめさせる兵。
彼らが口を開こうとする途端に、遮るように元就が言葉を発した。


「薄汚く小賢しい。多少制裁を加えたが、生命には支障はあるまい」
ブーイングの嵐。
言葉通りにひどい状態だった元親の兵。
彼らはこちらへたどり着くなり、バタンとその場に倒れ込む。




「我は武力を使わぬ。お互いの兵を返還し終えたのだ。とっととかえ・・・」
「あんたが武器を使わないんなら、俺だって使わねえよ?お互い無防備ってとこだな」
元親は碇を床に無造作に投げ捨てると、元就の目の前へ移動した。
キッと睨みをかます元就。

このまま会話を交わしたとしても元就は永久にこの調子だろう。
流れだって勿論元就にとって予想通りだろう。
仲間の無惨な姿にとうとう鼻緒が切れた元親の兵は、集団で元就の兵に総攻撃を仕掛けていた。
そんなごった返す中で、元親は元就に近づく。



「な・・・貴様、もしや素手で・・・」
「いや?それでもいいが、無力な争いは嫌いだろ?」
「・・・・」
「あんたを歯止めする方法なんてこれ位しか思いつかなくてな」
武器を所持していないために、元就は普段の特徴的な兜は被っていない。
彼の濃い栗色の髪は、潮風に煽られ靡いていた。
何をしでかすのかと元親の様子を伺う元就。

周囲に見張られていないことも都合が良い。
きっとどこかしらで見られてはいるはずだが、気にしている暇など元親には存在しなかった。


彼は一瞬の間に元就の華奢な腕を押さえると、もう片方の手で額に掛かる髪をどかす。


「・・・っな!?」
珍しく元就も遅かった。
元親は、そんな彼の額に自らの唇を触れさせる。


「・・・元就様」
「え・・・兄貴?」


周囲で取っ組み合っていた部下同士も、何やら怪しいものを持ち出そうとしている兵も制止する。
あくまで元親と元就周辺の話だが、彼らは神経がフリーズしたかのような感覚で彼ら筆頭の名前を呟く。


「すまねえな。これしか応急処置の方法は浮かばなかったんでな」
元親は元就の腕を離すと、気前よくそう言った。


「長曾我部・・・貴様・・・」
本人以外、その場の全員が彼の変化に気づく。
あの毛利元就が焦っている、と。


「おい毛利」
「うるさい!!とっととこの場から去れ、貴様など西海に沈んでしまえ!!」
「毛利」
「この、恥を知れ!!」
「毛利君?」


ようやく自らの名前を呼ばれていることに気がついた元就。
真っ赤な顔で元親を睨むように見上げる。



「今回はお開きだが──次までにはしっかり臨戦態勢整えとけよ」
「・・・っ!!」
何やら言いたげな元就を背に、元親はその場を去った。












金属質の刃がぶつかる音がする。

「二度と我に顔を見せるな」
「まぁ前回は前回だしな。ようやく今回はまともに出来るってわけだ」
一瞬だけ焦りの表情を見せたものの、再び睨み返す元就。
挑戦するような眼差しで見返す元親。



前回の行為が、元親にとっては随分な有利な方法となったようだ。

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