[携帯モード] [URL送信]

瀬戸内
うるさい黙ってろ
「だから鬱陶しいと言っているだろう」
「そこをもう少し、お願いだ!」
「鬱陶しいと・・・貴様の耳は節穴か?」
元就はわざとらしく耳を塞ぐ振りをする。先ほどからこの調子なのだ。
彼は緩んだネクタイをしっかりと締め直し、自らのバッグを抱える。
後ろで必死に懇願するそんな彼を思いきり無視しながら。


「頼む!間に合わないんだって!もうじき期末だってのにまずいんだよ!」
背後では手を合わせ、同じ事を連呼する元親。
さすがに遊びすぎた、と何度もリピートする。
そんな彼の言葉を華麗にスルーする元就。寄るな、とも言いたげに横目で睨みつける。
元親はそんな彼の行動にも怯まずに、何度も話を持ちかける。


これだけ彼が焦っていることは訳がある。
彼自身も言っていたように、数週間後に期末テストがあるのだ。それも、順位公表付きの。
さすがに危機感を覚えた元親は、そんな学年トップレベルの元就に話を持ちかけた訳だ。

勿論、性格上、元就が話に乗るわけがなく今現在四苦八苦中な元親。



「頼むって!今回だけ、今回だけだから!」
「誰が貴様に貢献などするか」
元就は自業自得だ、と元親に目で伝える。

すでに生徒のいなくなった廊下は、二人分の足音が響いていた。
途中で若干一名の足音が止んだ。それとほぼ同時に後ろへ振り向く元就。


「いい加減にしろ?我は貴様の手伝いなどする気は・・・」
「頼む!・・・ああ、じゃあお前の言うことなんでもやってやるから!」

ピクリと元就の眉宇が動く。
そんな言葉に何かしら感じたのか、彼は歩を止め振り返った。
乗ったな、と元親。


「ほう・・・・その言葉、本気と受け取って良いのか?」
「あぁ。あんたの自由にすればいいさ」
きっとどうこう策略を巡らせてるだろう、そんな風に感じた元親はやれやれと溜め息を一つだけ吐いた。
少しだけ満足げな表情で、元就は背を向ける。


「・・・日時は?」
「じゃあー・・・明日の放課後?」
「あまり図に乗るな。我は貴様に貢献すると一言も言っていない」
「はいはい・・・じゃあ明日よろしくな?」
「・・・・」
自分が優位に立つと必ず調子に乗る。
そんな例えの真っ向の人間だな、と元親は改めて歩を進める彼の背中を見ながら思った。




*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *




「人を呼んでおいて何事」
「あんたが早いんだって」
ブレザーを椅子にかけ、ブラウス一枚の元就。
珍しくそんな軽装な格好だった。

まだ教室には他の生徒がいたような余韻が残っていた。
睨みつけるような眼光で元親を見据える元就。
少しだけ文句ありげなそんな表情で彼は口を開く。

「早々に切り上げ、貴様には我の・・・」
「はいはい、わかりましたって。なら元就?あんたの指導だって問われるからな」
「貴様に言われるまでもない。長曾我部。」

机一個越しに腰掛けた元親は、自らのバッグから参考書を取り出す。
そんな行動を頬杖をつきながら、つまらなそうに凝視する元就。

教室はすでに夕日で赤く染まっていた。


元親は自らのノートにスラスラと何かしら記入していく元就を見据える。
そんな視線に気がついたのか、彼は上目遣いに元親を見た後、不満げに頭を上げた。むっとしたような、そんな表情で彼は睨むような眼差しで口を開く。


「何だ?何か不満でもあるのか?」
「いや?特に?」
そんな言葉の後、元就はいかにも何か言いたげな表情でまた下を向いた。
元親の言った『何でもする』の一言に心を動かされた元就。
まず元親の内心では実行する予定などさらさら無いのだが、ばっちりと騙された元就を見る度、申し訳ない感覚に駆られる。


元就はペンを握る手を止めると、少しだけ上目遣いにこちらを見ろと合図をした。
そんな上目遣いが元親には、何かとてつもないものを見たような感覚にさせた。
少しだけ凝視するような、そんな目で疑わしそうに睨み返す元就。


「・・・先ほどから貴様、行動とい何とい変だが?我の顔に何か付いているのか?」
顔に手を置き、指の隙間から元親を見る。
自らの吐いた『なんでもする』なんて言葉が、ここまで絶大な効果を謀るとは彼も思ってもいなかった。

少しだけ人懐っこく感じた元親だが、言葉には出さずに彼の記入したノートに目をやった。
黒一色でびっしりと数式やら何やらが並んでいた。
これが彼の良心だろう、と思うと少しだけ気は軽くなった。

「ほら、読め」
相変わらず、やはりこの調子だった。
ノートを突き出すだけ突き出し、読め。で終了。
元就は早く受け取れと目で伝える。


「早く受け取れと──!」
先ほどの人懐っこさはどうしてしまったのだろうか。
机に手を思い切りつき、立ち上がる元就。
元親はあえて無表情でそんな彼を下から見上げると、口元に笑みを浮かべた。
よっこらせ、と元親は立ち上がると、立場が逆転したような状況で彼はあえて元就から目を反らす。
身長差が随分とあるために、見上げる形になる元就。
キッと彼は元親を睨む。


「長曾我部・・・」
「そんな顔すんなって」
元親は手を上げようとした元就の手首を掴んだ。
まだ睨んだまま、表情を変えずに頭を上げる。

「・・・っ!!」
目を合わさないまでは余裕の表情だった元就。
無表情の元親と目が合うと、先ほどまでとは相反したかのように微かに顔を紅潮させる。
手首を握ったまま、少しだけ目線の高い位置から元就を見下ろす元親。

「貴様・・・冗談は止せと・・」
「何照れてんだ?教えてくれるんじゃねえの?」
にっこりとわざとらしく元親は微笑む。
珍しく状況を把握していないように見える元就。内心焦っているのか、言動も少しだけ普段と違っている。
プライドが遮ってしまっているせいか、そんな心情にも関わらず、口を結び、いつも通りに臨戦態勢に入る。


「ならばその手を離せ」
「別にいいが、そんな気お前にはさらさら無いだろ?」
図星を突かれたような表情。
戸惑い、言葉を探していることが元親にはわかった。
手首を上部へ引っ張り、さらに身動きを取れないようにする。

「素直になれよ」
「・・・っな!?貴様、指導される立場の・・・」
言葉を元親は遮ると、彼はまだまだ罵倒の言葉を吐き続ける元就へ対し改めて言った。


「自由、にしていいんだからよ。約束は果たそう?な?」
何かを言い出そうと口を開いたそんな元就の唇を、元親自信の唇で塞ぐ。

「・・・っ!なっ!」
一瞬で状況を理解する元就。
無理矢理残された片手で元親の胸元を押すと、口元を必死に拭いながら言う。


「ちょ、長曾我部・・・」
「なあに、自由にするんじゃねえのか?」
「それは!き、貴様を我が・・・!」
「?」
必死に弁解しようとする元就。
頭の中ではきっと様々な策を考えているだろうが、言葉に上手く表せていない。


「いい加減にしろ!」
「あ?」
突然反発の言葉を吐く元就。

「今までに貴様が起こした事柄、すべて仕組んだものだったのだろう?ふざけ・・・」
「いつまで気張ってんのか知らねえが、そろそろ止めにしようぜ?約束は破らない主義なんでね」

まだまだ何か言い出しそうな勢いのそんな元就に改めて元親は唇を重ね直した。









「毛利ーおはよー」

ぶんぶんと能天気に手を振りたくる元親。
びくりと肩を振るわせた元就は、いやいやながらもそんな声の主の方へ振り返る。

あれから今日という今日まで毎回あんな調子だった。
ようやくテストを迎えたという訳で、そんな放課後からの拘束から逃れられる。と一瞬胸をなで下ろす元就。

だが少しだけ物足りない、と感じている箇所もあった。
この数日間で彼への印象が随分と変わったような気がする。



バッグの中身を整理していた元就は、そんな元親を見直すと微かに口元を歪めた。


悪くはなかった。
そんなこと、彼の性格。言えるはずがない。
最終的には彼自身が望んだ、約束を決行することが出来たわけだ。

言葉には出さないが、十分“自由にしていい”なんていう事は自ら望む通りに果たせたような気がする。




「今日も鬱陶しいな、長曾我部」
元就はそんな風に素っ気なく答えると、また自らの方へ向き直った。

[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!