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短篇
性なるバラードレイン9
ふぅ、と溜め息を吐いて、照明も何も点いて居ない真夜中を飛び出す。いよいよ登り始めようとする太陽に、沈みきった月。もっとも暗い時間帯の中で、兎人と狼人は少しの間隔を空けて工場から抜け出していた。
濡れタオルで必要最低限に拭っただけの身体は今でも精液と工場に溢れていた甘ったるい風味が染み付いている事だろう。だがそれだけの事を成し遂げた。荒事を行ってしまったのだ。今更後には引けはしない。

「……どれ、コンビニにでもぉぐぁ、行こうか?っ」「行けると思っているの?」
「へへ、冗談だっての……腰がったがたで、今すぐにでも帰りたいぃっ」「そうだよ」

ただ並んで歩くだけでもふらふらと危なっかしい狼人を身ながら、落ち着いた声色で兎人は呟く。あれだけの事をやったのにと、狼人は世の中の不条理さを呪うか、彼の元気さに驚くか迷った。
早足で少し歩かなければならず、ただ動かすだけでも骨盤を中心に電流を流し込まれているが如き衝撃が走る狼人にとっては距離だけでも殺されてしまうかもしれない。ぐあぁ、おぐぁと歩くだけで呻く度に兎人の表情も険しくなって。
そんな彼に向かって、兎人はおもむろに手を伸ばし、夜の寒さにややしっとりした手を取った。狼人と手を繋いだ。

「……え?」「辛そうだから。おんぶとかそういうのは出来ないし」「お、おう……」

内側は可能な限り掻き出されたが、濡れタオルで辛うじて拭う程度にしか処理出来なかった手と手が触れ合うとぐちぐちと滑った感触が小さく弾け、毛並みと毛並みが粘ついた様な感触も響くが。
それでも兎人の手の中の柔らかさと暖かさといったら、滑った感触を抜きにしても随分と感じるものだった。心も暖かくなった様に。腰の痺れも和らいで、背面では尻尾が大きく揺れる。
変に鼓動が速まってしまっているのも、きっと兎人にはお見通しであるのにも関わらず。
ぐちゅ、と、暖かでちっぽけな手が、力を込め直されて握られて。

「…………」「…………」

その時の兎人の表情といったら、狼人は決して暫くの間忘れられはしないだろう。滑ってぺたぺたする感触が流石に応えたかの様な、眉間に皺を浮かべた上で、何か言いたげな所で固まった彼の顔を。



「…………あの」「……うん、まあ。どんまい、どんまいだな……」

既に当日から数日が過ぎ去っているというのに。あの工場から卸された生チョコが確実に混入しているかもしれないにも関わらず。
兎人の郵便受けには、まだまだ煌びやかに包装された親愛の証が詰め込まれていて。何気無く包装を剥いた端から漂う塩っぽい匂いに、せめてもの慰めとして狼人は笑いを堪えた。


【終】 

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あきゅろす。
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