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短篇
混濁4
無論右手、人間である彼の利き手が使い物にならなくなってしまった以上、不意を突く以外の方法で彼から宝石を奪い取る術は存在しないとも想っていたのだった。
好意に甘んじて明日までは泊まってやっても良いかと、その間ならば宝石を抉り出せるタイミングを見出せば良いのだとも考える。貞操を相手なんかに捧げるよりはずっとマシとすら思えていたが。

「ほら、どうした?もっと抉って宝石を探してみなぁ。無いってはっきりと分かるまでな……」
「はぁ……はぁ……うぐ………」
「はー、そこは中々くすぐったいぜ……へへ、もう満足したか?」
「……くそっ!」

左手を床に叩き付けて、辺りに血飛沫を散らす程度しか彼は感情を爆発させられはしなかったものだ。そして希望も費えた上に、宝石を手に入れる手段も既に限られてしまった。身体を重ねるしか無いのだと。
魔物の靭帯を用いて作られた頑丈な糸によって、相手の肉体は真一文字に胸を切り開かれた上に完全に内臓を露出させている。全ては相手本人がやった事だ。鮮血の臭いが香炉の薫りと合わさって不気味な風味を象っている。
曰く、そんなに欲しけりゃ探してみろと。まだ無事である彼の左手を使って自分自身の内臓を掻き回してみろやと、笑いながら示したのだ。魔物の鱗から削り出したらしいナイフを持たせた上で。
好機と考えられていたのもほんの数分程。自分自身の手で肉を漁り切り裂き抉り掻き出す生々しい感触と中を傷付ける度に溢れる鮮血、強まる臭気。何よりも相手は笑みを浮かべたまま、血も内臓もすっきりと綺麗に戻っていくのだから何も意味は無い。

宝石と思わしき物体は肺の裏側にも、心臓の中にも、脾臓の隙間まで丁寧に探った所で、彼の気力は完全に失われてしまった。皮膚を左右に広げていた糸が抜かれると同時に、綺麗に傷口も消え去って塞がっていく。
心臓をぐちゃぐちゃのペースト状になるまで磨り潰す様にしたのに彼は平然と笑っている。肺に穴を空けたら呼吸が溢れるのであり、紛れもなく生きている。そして今まで殺せていないならば、もう殺す手段も無いのだとは容易に分かった。

「ヤってもよくなったら言えよ?俺は狩りに出掛けるからよ……」
「…………」

誰が言うものかと。彼は心に誓った。厚手の腰紐に道具を取り付け、丸裸の状態から凡そ回復するが、未だに局所も何もかもが剥き出しである。屈強な筋肉には血の一滴も付着せず、綺麗なままだと。
いや、そんな訳は無いのだと彼は無言のまま目を伏せるしか無かった。美しいと思った等。切り裂いた筈の胸元も全くの無傷になった相手の事なんて。ただ、内臓が見えなくなってホッとしているだけであるべき。
そうでなければ、現状はどうにもなりはしない。宝石を手に入れなければ。何も変わりはしないと言うのに。

「……本当に、やるしかないのか……?」

この場から逃げるのも可能なのだろうが、近辺に生息している魔物から逃げるだけの自信は彼の中には無かった。住処の中に漂っている香炉に魔物避けの効能があるものとは、此処まで来るのに使ったのだから彼も知っている。
胸元を握り締めながら、彼は一人呟いた。仄かに漂った血の臭いも、十分香炉によって失われている。まだ仄かに暖かさは残っている。緩やかに歩いて、壁に提げられた袋の中を漁る。
取り出した彼の掌に納まる程度の布袋の中には、既に何も入っては居ない。明日までに決着を付けなければ、どうにもなりはしないのだ。

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