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短篇
混濁2
へらへらとして腰を深く曲げて、視線を合わせながら笑う。既にその身には一滴の血痕も、微かな傷跡も存在しては居ない。
しくじった。やってしまった。宝石の取得よりも生存に重きを置いて、彼は動く事になる。

「っ」「だから、ちょっと落ち着けって」

咄嗟に突き出したナイフに対して、人型の姿をした相手はその拳ごと握り込んで対応出来てしまっていた。鱗で覆われている身体の各所ながら、掌や腹部、目立った箇所は柔らかさを備えた肉が露出している。
其処を狙えば良いとは誰もが意見するのであったが、肉は肉でもこの地に適応する為の強靭な筋肉は、鱗で覆われていなくても相応の耐久性を備える。故に心臓ごと貫く為の装備を用意したのも、彼にとっては当たり前の事だったのだ。
更に言えば、鱗を貫けるか否かが重要な武器の性質ともなっている。ボウガンにしてもナイフにしてもそれは全く変わらない。ナイフの柄に存在するボタンを一押しするだけで、

「ぐぅっ!?」「お」

若干使い込まれた形跡のあるナイフの刃が、内蔵されていた凶悪なスプリングと火薬の同時炸裂によって相手の掌に突き刺さった。強靭な分厚い刃は容易く手を貫通していた。
同時に、無理矢理に改造を施されたナイフだからこその威力なのであり、反動の強さもあってか彼は苦悶の表情を浮かべた、同時に不吉な音が利き手から響いてしまった。
熱された鉄を流されたかの様な痛みであったが、それ以上に満足に動かせなくなっているのが彼にとっては非常に辛い事だった。抗う事は出来ない。ボウガンの装填により時間が掛かる事になる。
情けなくも伸びきったスプリングが露出しているナイフの柄だけを握り込んだまま、反動で外れたにも関わらず相手から逃げられない。すっと立ち上がって、次には両肩を押さえ込まれたからである。

「いやいや、突然に突然を重ねてびっくりはしたがよ、大人しくしたらどうだ?」
「っ……だ、誰がそんな事!」

そうは言ってもよ、と未だに刃が手に突き刺さり、引き抜こうともしない相手は口元から連なる牙を覗かせつつ彼の手を見遣る。ナイフの柄は握り込んだままではなく、手から離れなくなっていた。
指一本動かすだけでも痛むのであり、暫くの間は療養が必要なレベルの負傷を負ったとは手首からずきずきと走り抜け始めた熱気からも容易に想像、そして絶望出来てしまうものでもある。
この目の前の相手に組み敷かれてしまった現状、魔物に食われるか殺されるかしか無いのだろうと感じたのだ。彼は気付きたくなかったからこそ、精一杯を振り絞って瞳孔が縦に裂けた瞳を見据える。

「んー……話を聞くつもりは無いんだったら、強硬手段だなっと!」「うわぁっ!?何、どこに……っ……」
「ほーら、暴れると痛いぜ?にしても人間は柔らかいもんだなあ…」「くっ……」

そう呟きながら相手は、腰に巻いていた幅広のベルトにフックで繋がっていた紐で彼の手足を縛ってから、そのままひょいと肩に担ぎ上げてしまった。腹部を首の後ろに携え、両手で手足を掴む。
その高さと手際の良さに、思わず彼は声を上げてから、鼻歌すら歌いながら歩き始めた相手に成す術無く運ばれていった。
結局夢も何も、適わなかったのか、と。

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