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短篇
混濁1
彼がボウガンの狙いを定めたのと、荒れた岩肌に辛うじてといった具合で出来上がった山道の向こうから人影が現れたタイミングはほぼ一致するものだった。
鏃の先端の合金は、弦の張力と合わせれば、この近辺に生息している強靭な皮膚を備えた魔物であっても容易く貫く事が可能である。人型の存在であってもそれは変わりない。

「……おいおい。急にそんな物騒なもんで狙われちゃ、お優しい話も出来やし」

おどけて微笑みながら語っている間に引き金に掛かっていた指先は容易く引かれてしまい、やや鈍く詰まった音と共に風を切りながら金属製の矢が撃ち込まれる。狙いは胸元だ。
笑いかけていたその表情に冷徹な雰囲気が与えられる事は無く、ずどん、と音すら立てて胸元に矢が深く突き刺さっていた。更に羽根の辺りには僅かな煌めきが夕日に反射しており、彼の手元のボウガンに繋がって居る。

「や」

何か言おうとする前に、矢に繋げられていた鋼線が思い切り踏み付けられて、胸元から強引に矢が引き抜かれる事となった。返しの備わった鏃は傷口を一層深く抉り取りながら、からん、と音を立てて地面に落ちる。
心臓を既に射抜かれていた様な出血量、鏃の先には多量の肉片がへばりついている。見るからに生命に関わるだけの多量の血液を溢れ出させながら、呆気に取られた様な顔の中で彼は倒れてしまった。
血生臭さが辺りに漂い始めるまで、彼は決してその死体に近寄りはしなかった。鋼線を手繰り寄せて、鏃の先端にへばりついた肉片と血を雑に拭い去り、それから緩やかに死骸に近寄るのだ。

「……こうするしか、無かったんだ」

誰かに語り掛ける様な口調で小さく呟きながら、彼はやっと死骸の側にまで歩み寄り、革手袋を嵌めた両手を死体の傷口に突っ込んだのである。ぐちゅりといやらしい音が響く中、まだ生暖かさの残る感触は吐き気を齎すには十分なものだった。
喉元にまで競りあがって来た様な苦しい酸味を必死で押さえ込みながら、骨と骨の隙間にまで指を差し込む。この近辺に住み着く魔物の体内は、高額で売れるらしい宝石が精製されている筈なのだ。
この辺りの岩石に含まれる微量の鉱物を摂取している内に、体内の一部に蓄積されるという説もあったが、今の彼にとっては細かな理論などはどうでも良いものだった。

ぐちぐちと掻き回している臓器の予想以上の重たさに、徐々に残っていた体温が消えていく感覚が更に吐き気を促す事になる。構わず嘔吐をしてしまいそうになっても、近くは全て血で赤々と染まっていて、逃げ場は無い。

「…………っ!?」

彼が咄嗟に後退りをしたのは、血流を確かにその手で直接感じてしまったからだ。心臓を抉り取った以上、動ける生物等それ程居ないというのに。引き摺る様な音がずるずると響き、血と肉が傷口に戻っていく。
地面を彩る赤色に混ざった肉片まで、綺麗に吸い込まれる様に開かれた胸元へと戻って行く。矢の装填にも幾らかの時間を有する彼のボウガンは、今となっては決して使い物にならなくなってしまっていた。

「……ふぅー、っ……はぁ。もう少しだけ話していりゃ、こーんな事にもならなかったのによ……」

出会った時と同じ様な笑みを浮かべながら、人型のその生き物は堂々と立ち上がった。

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