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短篇
アレする1
彼は目が覚めた。屈強にも程がある様な、もっぱらこの戦乱の世に大槌を振り回して挑んで居る蜥蜴人であったが、朱色と橙の中間の様な色合いに、薄黄色の腹をして居たのである。
もう決着は着いたも同然であったが、それでも居場所は此処なのだと必死で抗った。もう終わりかけの戦地こそ自分の居場所だと本気で思っていたし、幸いにも倒すべき敵は此方の何倍もその時には居たのであった。
最終的にどれだけの人物を倒してのけたのかは彼もよく分からない。炎の様なその体が赤黒い色に包まれ、敵方であった敵側の中身を蹴散らしながら意気揚揚と走り抜けて居た時の事を思い出す。そこで記憶が無い。

ああ、負けてしまったのだろうな、と実感が湧いた途端にじくじくと足下に痛みが走る。その踝付近には斬られた上で雑に縫われた痕があった。腱を傷付けて満足に歩けなくされてしまったのだろう。
更に目覚めた時より気になっていたが、彼の上半身もがっちりと拘束されて居る。重たさからするに鋼鉄で造られた板を二枚重ねて、くり抜かれた穴に両手首と頭が嵌め込まれて居る状態だ。上を見ると鎖で天井間際に吊るされて居た。

「…………」「…………」

儚げな灯りで照らされる其処は紛れも無く牢屋であり、目の前には鉄格子を二面挟んで蹲って居る誰だかの姿を確認出来るが、反応は無さそうだ。彼と同じく自分も裸に剥かれて居るのだろう。
かつりかつりとひんやりとした空気の中、刺す様な靴音が響く。敵国側の人間だろうなと思いながら、きっちりとした、彼からしたらあまり好まない服装を纏った彼は薄ら笑いを浮かべながら此方へと近寄った。
此方に対して憐れみにも似た表情をして居る。前線では見た事が無いのだから、遠距離かは魔法を使用しての援護役か参謀かのどちらかなのだろう、どっちにしろ彼には無縁の役職だった。

「き」

力を加えて晒し台をへし折り頭と両腕を自由にする。鋼鉄でありながらもへし曲がって拘束は外れた。敵国が誇り得る、彼の様な相手の拘束から武器、建物の外壁の強化用として発明されたお墨付きであった。
だからこそ彼が振り回しただけで、その細身の、その割には下半身が太く見える、とりわけ臀部が丸みを帯びて居るが紛れも無く雄の毛の色合いの淡い豹人の両膝は容易く破壊され、壁を穿った。

「がぁぁっ……!」

豹人は呻き、周りがざわめく中でその傍に携えて居た書類を彼の目の前に差し出した。彼側の国王が敗戦を認めた旨が記されて居るものだ。もう戦ってはならないとも書かれて居るものだ。
儚い灯りのこの場においては彼が読む暇も無かったのだし、豹人は読み聴かせる余裕も無かったという不幸がそこにあった。彼の判断は言い逃れ、時間稼ぎ、まだ自分は動ける、立てる、良い鉄だ。
一度振りかぶってしまえば、鉄そのものの重さと合わさって力も何も必要は無かった。ほんの一振りであまりに呆気無く、彼にとってはいつも通りに、豹人は、敵国からすれば大いに予想を、機会を外す音。

轟音を耳にして集まった彼等が目にしたのは、戦場に居た時と微塵の違いも無い蜥蜴人の姿であった。
腱を切られた筈の足は緩やかに歩きながら、枷となっていた鋼鉄を振り回し、盾とし、武器とし、紅く染める。最終的には牢屋を破っただけで無くその拠点までも内側から壊滅に陥れ、この時点で彼は国からも見捨てられた。
責任を取るにはあまりに莫大な被害を与え過ぎたのであった。彼は野放しになった。ただ一個人として、国へと挑む事になった末に、移送された場所が敵国の首都に程近い事もまた、悲劇であった。

それから一月も経たない内に、彼の中の敵国は大いに揺らいだ。国王が真正面から拐われてしまったのだから。

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