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短篇

まず血を溜める。種族や年齢、性別から嗜好は問わずに。基本的には古びた金属製の杯が用いられて居た。曰くが幾らか付いた物らしく、いくら磨いても血の染みが完全には取れないものだった。
半竜は杯の中、濁り淀んだ血の中に未来を見る事が出来た。自分の将来では無い、任意の他者に関してのそう遠くない未来を。しかも最良へ向かう為の手段から、最悪か悪い方にはそれに対する対策まで読み取れる。
帳消しにした出来事はゆうに十を越え、それが無ければ主は七回は死んで居た事だろう。最良をその半分程掴んだ結果が、今の主、欲しい物は手に入るどころか、戯れに大体の無駄遣いを出来るまでに成長して。
大丈夫、この杯の中の血はどれだけ流れても良い人の血を集めたからね。適当に溢れてしまった血を使ったものだからね。だから血を流した人の事は何も考えなくて良いのだからね。だからね。
楽し気に呟く主の顔は確かに笑みを浮かべて居たのだが、その奥底に存在する悍ましい闇は彼が屋敷の中に連れ込まれた時から、今よりもなお小さい時から気付いて居た。浮かんで居た、見えて居た。
一週間に一度ぐらいしか読む事が出来ない、咄嗟に吐いた嘘は未だに続いて居る。軟禁されて居る以外は、何一つ不自由の無い生活。しかし、彼の予言で不幸な者が、また主に力を取り込まれる存在が増え続けるとは、十二分に理解して居た。

「…………」

子供の頃、獅子人が異常性に気付く事は無かった。他の子供と同じ様にやんちゃで腕白で向こう見ずで原っぱを駆け回るのが主で、それだけ獣人であれ細かな生傷が絶えない生活を送った。
今度は気を付けな、そう言いながら両手に絆創膏を貼ってくれた親の言葉を今でも覚えて居る。それだけ生傷が絶えない、寧ろ流血の絶える事が無い少年時代を送り。
気付いたその時には落石に巻き込まれたが、両手足の出血以外は無傷。何の痛みすらも感じないとは、違和感は確信に変わり、獅子人は無敵なのだと気付き、だから何だ、と疑問を抱く。
この流れる血は自分のものでも無い、しかし現に流れて居るのならば流して良いものでは無いのだろう。故に獅子人が身体を鍛え、滅多な事では傷付かない様に努め。肉体もそれに合わせて、異質な程に肥大化し。気が付けば最強の傭兵が、其処に居た。

「……お、お前の望みは何だ…っ」
「…………」
「まさ、まさか……知らないと、そんな望みも信条も無いと、そう言いたいのか!」
「……静かに生きたい、今はそれだけだ」「ふざ、ふざける、な!此処まで我々を痛め付けて、首を突っ込んで何たる言葉を……!」
「……運が悪かったと、諦めるしか無いな」「……はぁ!?」「今は、それだけだ」

殴っても構わない相手だから。とにかく半竜を助けたいだけで、背後関係も知らずに飛び込んだ先に主の屋敷があっただけで、抵抗は何も意味が成さなかっただけであった。
そして、主の牙が数本飛んだのは、半竜と彼の元と遭遇してから少し前の事になる。




「……何で、止めたよ」「……止めて欲しそうだったから」「…………」

彼の目と鼻の先で拳が止まったのを目にして、半竜は落ち着いた様な表情を見せたのに気付き、改めて獅子人は血に塗れた拳を降ろした。血がぼたぼたと落ちて地面を汚す。
魔法の弾頭すら意味の無いとは既に理解して居る。数発撃ち込みながらも服に穴が空くばかりで、獅子人自体は無傷なのだ。

「……彼を返して貰えないか?」「……何も助けが来ないって事は、もうあいつもあいつも倒しちまったんだな?」「そうだな」
「…………」「……お前は、どうしたい?」「……一度だけ。全部終わったら、戻ります」
「…………」

ぐしゃぐしゃと頭を掻いてから彼は煙草を取り出し、頷くしか無かった。

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