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短篇
上暑-1
「『大変な事になったから助けてくれ』って……そのぐらいの事メールで送って欲しかったよ」

吹き曝しと言う訳でも無いのに北側の壁だけやたらとボロボロになっている築何十年かも分からない安アパートの二階の角部屋。
施錠されていないのを良い事に薄さを感じる扉を開きながら、電話で呼び出して来た相手に対して投げ掛ける。片隅の本棚は崩れ気味で、布団に被さっていた固まりがもぞもぞと動く

「っは、マジで来てくれるだなんて嬉しい限りっす。色々急を要するって言うか、こーゆー時に頼りになるのが先輩しか居ないっつーかぁ……」
「何があったのかは分からないけど、服は着てる?」「それなんすよ!訳あって今パンツだけっす!」
「うん分かった、とりあえず服着てないなら帰るね」「待ってぇ!先輩しか頼りにならないっぽいっすから!」

子犬の様な印象のする軽い声色、わざわざ上がり込んで来た人間がのびのびと全身を預けられそうな巨大な布団が堂々と部屋の中央に鎮座しているが。
広大な面積の掛布団からはみ出している両手の大きさ、はみ出した尻尾の先端、そして現状涙目を浮かべて此方を見据える瞳まで潤んでいるけれども鋭く瞳孔は縦に裂けている。

「お前がどうにも出来なくて俺だけしか頼れない事ってそんなにないと思うけどなあ……金と課題と暇の事以外は」
「竜人だって何にも変わらないっすからね!いやその、変わっちゃってるから、こんなんなっちゃってるんすけれども……」

人間に比べても屈強な筋肉ばかりか、深夜帯のバラエティ番組やストリーマーが釘を打っても貫通しない事すらある竜人種。
この作中で描かれている世界観においては獣人や人間よりも稀少な存在として扱われてはいるが、そんな相手が人間の事を先輩として色々と慕ってくれている。
だからこそ電話で呼び出されて、今になってわざわざ竜人の家の下に来ていた訳だけれど。

「……見た感じ普段よりも良い鱗の艶してるっぽいけど、何が問題なんだ?」

鱗の艶は健康のバロメーターというのは有鱗の人種の基礎。普段の灰色がかった鱗の色は光すら反射しそうなぐらいにてらてらと輝いていて、癒着も不完全な脱皮も行っていない、様に思える。
何だかんだで数年来の付き合いであり、顔色を見るよりも先に鱗の色合いで調子の判断が可能な程に先輩な人間と後輩な竜人との関係は浅くは無かったものであったが。
指摘に対して竜人は、はみ出している手足以外は頑なに身体を見せないばかりか、何とも言えない表情で顔を隠すのである。

「あの……その、二日前に脱皮が始まったんすよ。まあ特に変わんないっすし、排水口にカバー着けてやってりゃいいかなって思ったんすけど」
「鱗が部分的に剥げる食生活って訳でも無いし、その色合いでストレスなんて言わないよな?」「……俺だってその、元気過ぎたのかもしれないっすね……あの、最初に、最初に誓ってくれないっすか?見たとしても笑わないって」
「パンツ一枚だから笑ってって飲みの席で言ってなかった?」「だから、その……こういう訳なんっすよっ!」

あまり深々と考える性ではないのも分かっており、思い切りと合わせて掛布団がめくり上げられる。相も変わらず太い腕、背中側より色合いの薄いグレーを帯びた肉体、
そして胸元にハート型か逆三角形を象っている様に覆っているオレンジ色がかった差し色。よく見ると腹筋を縦に割る様に真っ直ぐ伸びている線。

「……脱皮してたら毛が生えて来たから、蜥蜴人とか普通の獣人に話しにくくて、俺に助けを求めたって訳だな?」
「そう、そうっすよ!」
「健康そうだから問題無し。んじゃ帰るな、美容師代は半分まで貸す」「だから待ってぇぇ!」

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あきゅろす。
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