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短篇
装うの3
「どうでしょう、この匂い、この見た目……装うにはこれ以上無いぐらいぴったりでしょう?」
「匂い……ひょっとしたら何か焚いてるんですか?」

両肩にずだ袋の様なゴワゴワとした素材で作られたらしい手袋の感触を淡く感じながら、緩やかに押される形で辿り着いたのはこれまたおどろおどろしい空間。
粗野であるのか丁寧であるのか木片を削り出して造り上げた値札がそこら中に吊り下げられているので店であるのは違いない、と思いたい。それにしてもどれもこれもが生々しい商品ばかり。
今すぐにでも動き出してしまいそうな包帯を巻き付けたリザードマン、蜥蜴人なのか。頭に生やされた鬣の一本までも懇切丁寧で一分の好きも存在していない様に見える。

「……ええ、あそこの香炉ですよ。今だったらお香だっておまけしてあげます」
「うーん、でも時期的にはハロウィンしか使わないからどうしようかな」「だったらこっちの方が良いでしょうか……アロマキャンドルです」
「わぁ……なんだか、こう、凄い落ち着きますね……」

仮装や仮装に役立ちそうな物があちこちに揃っているのは既に分かり切っているが。話に乗るがままに目の前に差し出される珍しい物の類を眺めるだけでも十分楽しいものであるから。
アロマキャンドルは青色の炎を立ち上らせ、空間の片隅に置いてある香炉から漂って来る煙は如何にもそれらしいもの。並んでいる服にしても、まるで先日まで誰かが纏っていたかの様な感じがする。
というのは流石に彼の早合点であるのだろうが。全く新品でも、全て手作りでも、古着をレストアして造り上げたものでも、どれにしても出来も技術も雰囲気も素晴らしいとすら思えていた。

「……おっと、あの、仮装に必要な服、欲しいんですけれども」
「おや、そう言えばそうでしたねぇ……どんな格好で仮装したいんですか?」
「最近は定番っていうか、幽霊とかお化けとかゾンビが良いのかな……去年やったのは吸血鬼風だったけど、メイクの力が結構してたんじゃないかなって気がして……」
「おやおや、ならばミイラ等は如何でしょう?と言っても包帯を巻き付けるだけですが……その包帯の出来が良ければ、幾分か形になるかもしれません」

笑っているのか、カボチャ頭の中の炎が揺らめいて見えるのはそう見えるだけなのか。いつの間にかその手に握られていたのは、しなやかな包帯に見えた。
人間の両手に差し出すよりも先に顔に押し付けられると、爽やかな香気を布自体が纏っている事が分かる。幾分か目が覚める様な気分がして、肌触りもいやに良い感じだ。

「正しいミイラの巻き方さえあれば、割と動けますし寒くも無い筈ですよ……良かったならば、試してみますか?」
「え、わっ……本当にこれ全部、巻き付けちゃって良いんですか?」「ええ、買ってしまうのならばそのまま帰っても構いませんしね?」「……っはは、それは流石に……」

冗談なのか本気であるのかも結局分かりはしないままに、手に持たされた包帯に繋がっていたのはどん、と巨大に置かれた包帯の束である。
人間一人分の全身を覆い尽くすとなればそれだけの長さだって必要になるのかもしれない。どっちにしても通された試着室に、束を抱えて入り込み、分厚いカーテンが閉められる。
壁の一面が鏡になって、包帯の束の大きさが余計に分かるものだった。ハンガーに上着を掛けて、スマホでミイラの正しい巻き方を見てみるが。

「……良く考えればそうじゃないか」

大体分かってはいたけれども、その上で調べてみたら思った通りである。
ミイラとはなるものではなく他人の手を介して作るものであり、彼一人でぐるぐる巻き付けて固定しようにも出来ない事に。
部分的にしても口を使えば強引に出来なくはないが、まだ買う前の商品に噛み付く程のワイルドさなんて持ち合わせてはいない。

「すいませーん、僕一人だったらどうにもならっ!うわっビックリしたぁ……」

仕方なくあのカボチャ頭のオーナーか店員か、それともバイトなのかを呼ぼうとカーテンを開いた途端、体面したのは飾られていた筈のリザードマンのミイラであった。
思わず声が出る。というかミイラと言うには布面積がやたらと少なく見えるし、全身の表面に帯びた鱗の質感から筋肉まで残さず造り上げられた出来の精巧さは不気味さすら感じる程。
それも完全に試着室の出入り口をふさぐ様に堂々と置かれている。仕方なく胸元辺りに手を置いて、キャスターのストッパーが付いて行やしないかと視線を下に向けながら押してみるが。

「……なんでここに置いたんだ……とりあえずどかさない、と……」
「……なんで俺をどかすんだ?折角ここに来たのによ……」

返って来たのは張り詰めた感触と、独り言に対しての反論、そして試着室にどん、と音を立てて入り込んで来た蜥蜴人自体の一歩であった。

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あきゅろす。
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