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短篇
スムース-4
「……や」「言っておきますが獣人を片っ端から洗いたい様な嗜好を持っている訳じゃないんですよ。貴方が不衛生なせいで雑菌やらが身体の弱い相手や子供なんかに悪影響を及ぼしたらどうなるかって分かりますか?」
「……な」「貴方は無事で済みますけれども熱が出たりやたら咳き込んだりとかそんな事になるんですよ。身体だけならまだしも服も洗ってないですよね…尚更ですよ、匂いが誤魔化せないだけじゃ済まないんです」
「……し」「爪の長さからするに身体を洗う癖も付いてないでしょう。今ここで僕が洗ってやったのが一番確実なんですよ、他に何か?」
「……い、や……何でもない……もう、良い……が……」

立ち込める湯気に浴槽には湯が一杯満たされているし、人間用と獣人用との石鹸だって分けられている立派な風呂場を前にして、狼人は処刑人であった事が忘れられるのではないかと思える程に。
元々頼りない尻尾だって垂れ下がって巻き気味なまま動きはしないし、人間の剣幕に対して言葉による反論だってほぼ完全に押し殺されてしまっているし。
何も良い事が無いまま着実に悪辣な方向へ、ほぼ初対面である筈の人間の手によって身体が洗われるという果てに、
それ以上に、狼人の衣服がこの場で剥ぎ取られてしまうという未来が間近に迫っているのが、何よりも恐ろしいと感じているとは流石に分かりはしないだろう。

「……寒がり、なんだ」
「きっちり洗いますし乾かしますし、お風呂に浸かってしまえばもう十分でしょう。何なら服ごと浸かりますか?」
「……お」「駄目です。入る分なら温かいままでしょうけれども上がった時にお湯ごと冷えますよ。そうなったら入る前よりも体温が持って行かれるのは常識です」
「……おうぅぅ…」

既に人間はきっちりとズボンの裾とシャツの袖を捲り上げ、スポンジを片手に携えているという万全な準備を済ませた上で狼人を前にして堂々と立ちはだかっている。
小柄で細身であるのに言葉だけで何も言えなくなるだろうし、力技で断ったとしてもそんな気になれない。匂いの時点でただでは済まないとは、分かっていただろうから。
人間以外の獣人ならば尚更だ。あの熊人が何も言ってくれなかったのも彼の中に商人として残っていた慈悲や気遣いであるかもしれない。

「ですからさっさと脱いで下さい。別に貴方に体毛が無かろうが地肌が緑色だろうが何にも気にしませんからね……いや、ちょっと興味を持つかもしれませんが、忌避感ではなく良い方の興味なので」
「……分かっ、た……のか……本当に、気にしないのならば……いや、気にするにしても……」

人間が負の感情を持っていないという事は、確かな気遣いやらの下でこんな事をやろうしているのは十分に分かっているのだろう。
覚悟を決めた様に昏い輝きを宿していた瞳がじっと人間の事を不安げに眺めながら、身に纏っていた衣服を緊張した調子で脱ぎ去り始める。ほんのすこし地肌が露わになるだけで、ぶるりとその身体が震えるのが分かった。

「…………」
「……そんなに、見られるのも……だ」「……いえ、怖いとかそういう気分じゃあないですから……多分大丈夫……だと思います……」

どの方面に向けられた「大丈夫」かどうかは、人間本人にも分かりはしないが。
ローブにフードの下から革製のシャツが飛び出して来て、漂って来る匂いは既に香水の風味より獣臭さの方が強まっているという状態。
そのまま完全に上半身が露わになった途端に獣人の身体はがたがた小刻みに震え始めてしまっていて、肉体の異質な調子にもう人間は目が離せない。

時々に目にしていた獣人の、それも狼人の姿とはかけ離れていた肉体そのものが完全に見えているという状態。
一部の隙さえも存在しない様な筋肉の凹凸が分厚く胸元と腹筋とを彩っており、張り巡らされた血管さえも一本一本が鮮明に見えている。
人間の肌にだって産毛と言う物は存在するが、狼人の場合はそれすら存在しない様に滑らかでつるり、もしくはぬるりとした印象が備わっているのだ。

そんな姿を見ながらさぞかし寒い事だろうなという憐憫ではなく、体毛すら無駄なものじゃないのか、と思えてしまう程の肉体美に、自然と人間の視線は惹き付けられて。
狼人の震える両手は、そのまま自身の下半身の服へと手を掛け、爪が床に触れ合う硬質な音を何度も立てながら脱ぎ去って行った。

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