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短篇
スムーズ-1
「えっ?」

本当に、他愛も無い出来事だった。フリーの魔術師をやっていた一人の人間が道具屋で回復薬の買い足しを行っていた時の出来事で、割高な分性能は良い、という言葉を信じる事にした。
透き通った瓶の中には仄かな光を帯びている様な液体が詰まっていて、それが豊富な魔力を孕んでいるか、有名な詐欺の一種で発光作用を持つ茸の粉末を液体の中に加えているからなのかはまだ何も分かりはしなかったけれど。
そんな事すら些細に思えてしまう様な事が、ちょうど人間の隣に訪れた人影に起こっていた様であった。

「……これを」
「はいよ。これはですね、割高ですけど品物が良いですかっ」

この道具屋の口癖なのかなと思っていたが、フードを被って手袋を両手に嵌めているという何とも言い難い奇妙でうすら寒い格好をしたその相手は、人間の隣でおもむろに道具屋の胸倉を掴み上げた。
縦と言うよりは横に広い太っちょの熊人の様に見えたが、その身体がぎりぎりと胸元の服の繊維を軋ませながら持ち上げられるのが見えた。ちょっと前までは人間が差し出した金を受け取ろうとしたのに。

「これは上等の火打石じゃないだろう……匂いでも分かる、普通のものよりも粗悪な代物なんだろう?分かっている、このままじゃ暖が取れないっ」
「あっ、あーっ、ご、いや申し訳ありませっ……つ、ぐ、偶然粗悪品が紛れ込んでしまったみたいでございまっ」

恐らくは何の意味も無いであろう言い訳が放たれ終えるよりも先に、熊人の身体が思いっきりぐんっと上から横、腕の振りに合わせて豪快に振り回されて壁へと叩き付けられる。
乾いた音がするどころかばきばきといった破砕音と共に壁が崩れていく。きっちりと漆喰で塗り固められた筈の空間に、外の空気が流れていく。

フードを被った姿に緩やかに歩いていく姿には尻尾の毛並みが怒りを隠しきれない様に逆立っているのが目に入らない。
くるりと巻いているのではなく鉤状の尻尾がゆらゆらと動きに合わせて振れている様子だけが目に入り、熊人は呻きながら後退りをして外へ外へと向かっている。

「ひぃぃぃっ、いやあの、これは本当っ……そうです、今月に入ってからだって!多分そうなんですよっ!」
「半年前から目を着けていた……他人を使って調査をしたのはそれから三回……お前が売った粗悪な品物を使って負傷した冒険者は延べ四名以上確認されている……到底、無視は、出来ない」

そこまで低い唸り声を交えた言葉で語った事で、熊人を狙った依頼を引き受けたのだろうなとは人間だって理解が行く。
回復薬の代金を今の内にどうにかして貰えないだろうかと思ったが、そこまでの余裕は無いのだろう。お互いに。

「ここで成敗されるか……それとも、この場で商品を全て調べられるか、どちらが良いか」
「お、お願いします!お願いしますから許して下さい!ここで商品を全て……あっ帳簿も見せます!裏の方も!」
「……決めるのは、俺だ」

「いや、待って下さいよ」「……ぬ」
「成敗されたら色々話も聞けないかもしれなくなりますよ……ですから調べる方が複数人被害者がいる依頼だったらそっちの方がいいんじゃ…」

本当に偶然だった。問答無用で剣を抜き始めたその獣人を前にして、人間は熊人の間に割り込んで話を切り出す。そういう性格なのだったが。
向き合った獣人は大柄な前傾姿勢、獣人の中でも取り分け獣染みた姿を備えている様に見えたが。

フードの中から覗く顔立ちは、一切の体毛が生えていなかったのである。

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あきゅろす。
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