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短篇
霊-5
扉や窓が開いた気配も何も無いというのに。誰かが入り込んで来た様な気配も何も存在しなかった筈なのに。まるでそこに最初から潜んでいたかの様に。
ズボン一着のみ履いていながらも両脚の凸凹とした隆起が繊維越しに張り出しており、腹筋が割れているどころの話ではなく隆起に基づいた陰影が全身に強調されている、という規格外の肉体を備えている。
少しでも日が沈んだら照明を付けていた室内というまだ外の方が薄明るい空間においても、金色の毛並みに首元をふっさりと覆い、狼人の陰に隠れて見えなかったが胸元の中心から腹にまで通った赤色の毛並みさえきらきらと光を反射する。

「…………」
「いやあ、ちょっと前は世話んなったなあ……あんな感じで誰かに見られたらってスリルがある方が燃えるからよぉ。まあここ最近誰かに見られたって事無かったけどな」
「っど、え、だれ、え、なん、で……なんで……っ」
「まあ細けえ事は良いって事よ、気にすんな気にすんな……んでもってよ、アイツが変なもん見せちまった詫びがしたいって言うからよ、今から来てくれるか?」

人懐っこい牙を見せて笑う姿も獅子人の体格と獰猛に生え揃った牙からしたら人間の事を逆らったら食い殺す、という意思表示にさえも思える恐ろしさ。
ゲームの電源を切る余裕すらないまま、いつの間にか家の中にいた安心感さえも完全に消え去り、黙って何処から来たのかもしれない、背中の肉まで著しく隆起した獅子人について行くしかなくなった。

「あの、その、ど、何処に行くんですか……」「だからアイツん所だよ、安心しろよ鍵とかは造ってねえから」
『ちょ、おい、おーいっ……此処からの通報って届いたっけなー……』

施錠まで待ってくれているのか、それともこれから先に帰す気が無いと身を持って証明しているのかどうか。何も分かりはしないが、ろくな事にはならないのは多分分かり切っている。
これでほんの数部屋先、大家さんが誰も入っていない部屋の扉が開いていて、残り香以外何も無い様な無骨な部屋の中で銀色の毛並みをまだ残る外からの光に煌めかせながら物腰柔らかな狼人の姿が。
見えていたのだったらほんの少しばかり心が休まると思っていたのに誰もおらず、アパートの階段を降り、電灯が着き始めたばかりの自動販売機すらも通り抜けて。

「ほら、こっちだ。ちょっと変な場所に見えるけどよ、お前が思うよりはずっと居心地がいい場所だぜ」
「…………え」
「……お前、まさか無理矢理連れて来た訳ではないだろうな?」「んな訳無いだろ、ちゃんとお願いして貰って此処まで来たに決まってる」

あのハッテン場として使われていた公衆トイレにまで連れ込まれ、まだぼんやりと傘の付いた豆電球が明々と小奇麗な中を照らしている空間にて、銀色の毛並みを反射させた狼人が申し訳なさそうな目で人間を見ていたのだ。
そんな筈も無いのに。本来ならばこの場に存在している、存在していたトイレは既に誰も使われていないからと言った理由で解体されていた。現在進行形で。

「ああ、彼が……いや、断れなかった俺も悪いが、本当に申し訳なかった。ちょっとあの時は俺も……まあ、その、断り切れなかったんだ、済まない」
「…………」

旧くから存在しておりハッテン場であったとしてもかなりの年数が経っていておかしくないのに、公衆トイレの中には一片の落書きさえ存在していないではないか。
まだどこも壊されていない豆電球の明かりを反射する程に仕上がった小便器の中の芳香剤の玉からしてもつい昨日入れたばかりとでも言わんばかりに丸みを帯びてさわやかな香気を放っているではないか。

「俺が止めようって言ったのにコイツがエロくってなあ……金があるんなら俺達も真っ当に詫びの品物とか贈ろうとも思ったが、何も無いんじゃあ仕方ねえ」
「またお前は先走って……だが、俺達も懐が寂しいのは間違いなくてな……こういう事しか出来ないが」

ずっと違和感を感じていた、大柄な獅子人が人間を引っ張るのでなく、ずっと人間の背後にくっ付いてどっちに行くのかを誘導し続けていた理由が。
トイレの中で待ち構えていた狼人も取り分け大柄であり、挟み込まれた人間が子供と思える程のサイズ差と威圧感と、圧迫感。

「たっぷりと」「楽しもうじゃないか」

そんな調子で脱ぎ去ったズボンの下には、二人共何も履いては居なかった。

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あきゅろす。
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