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短篇
霊-4
「確かに最近になって入居者が増えましたけれども、その部屋にはまだ何も入ってませんね」
「貴方の隣の部屋?ああ、あのプロテイン入りの蕎麦の人……いや、野菜練り込み麺だったかな」
「みんな蕎麦持って来ちゃってるからごっちゃになっちゃってますね、ははは……で、貴方の隣の部屋に誰が来たかですよね」
「蜥蜴人でしたよ」
「同じ階層の人?確か牛人だったかな……」

「……って聞いたんだけど、本当に怖くなって来たんだよ……これからどうしたら良いと思う?」
『最悪引っ込せよ、聞いてる俺も怖いわ、二つの意味で』

数日前と変わらないボイスチャットを行いながらのオンラインゲームであったが、以前に比べると人間の手付きは一層忙しないものへと変わっている。
別の物事に集中してなければ、他人と話を続けながら別の作業に神経を費やしていなければまたどうしようもない恐怖心が人間の頭の中を満たしていく。
眠気が湧き上がるまで気を紛らわせて、気絶する様に眠る。ここしばらくそんな具合で強引に睡眠時間を捻出しているか、ぎらぎらする思いを抱いて寝ざめの悪さを抱くかのどちらかであったりする。

「盛ってる男達の幻覚を見たから引っ越すなんて……言えないだろ、色んな意味で」
『そうはいっても現に見ちゃってるんだし……それにお前は見られたんだろ?絶対ヤバいって』「……そうなんだけどなあ」

まだまだ熱気も引いてない生温い夏場の夜の空気。開きかかった扉の向こうから聞こえて来る水気の混ざり合った粘っこく肉のぶつかる音。
ほんの少し横切ろうとしただけで一気にぶちまけられて溢れて来る強烈な雄の匂いと、湯気すら立ち昇りそうな熱の中に居た二匹の雄達。

「……アレが全部幻覚には、本当に見えなかったんだし……でもな、金、金が無い」『……』
「すぐには探せないんだし準備も必要だし、お前は遠いから手伝えない」『そうだな、今の時期に動きたくもない』

インターネット上で知り合った友達からしたらこういったリアルの出来事には非常に弱いという事を改めて認識する。
ついでに言えば人間側の交友関係からしても友達と呼べる者はいないし、心霊現象かもしれない出来事があったからと今から引っ越しを手伝ってくれる者等余程の物好きしか存在しないだろう。
話ながらのゲーム、或いは現実逃避を行いな側の会話もやがて限界を迎えて、人間の扱っていたキャラが敵陣に突っ込み過ぎて負けてしまった。
プレイ時間が増えた事でレートに関しては微増していたので特に問題は無いとする。それでも負けるのは悔しい。

「じゃあどうすりゃいいの?日中に話を聞いてみるとか?」『どうせ出掛ける用事もあるんだろ、その時たまたま出会ったりしたら……こう、何となく聞いてみたら良くね?』

確かに用事が控えているのは間違いないし、週末の休日ならば偶然に出くわす可能性も高くなっている。
ゲームを再度動かすより前に更に突き詰めて考えるとするならば、扉を開いてあんなに盛っていたのはあくまであの獅子人達の趣向の問題であり、迷惑を被ったのは人間側なのだ。
覗き込んでしまった加害者ではなく、とてつもないものを見せ付けられてしまった被害者として堂々としていれば問題は無い、だろう。実在するとすれば。

『だからそんなに怖がる必要だってないだろ……こう、たまたま空き部屋使ってた変態かもしれないんだし』「……そっちもそっちで怖いな」
『まあ、出会った時には試してみろよ。なんかあった時には通報しろ』
「……あれ、用事があるってお前に話してたっけ?」『ああ、聞いてた聞いてた』

声の主である相手に問い掛けながら、以前にオフ会、という名目で一度旅行した時の土産物をじっと見る。テーマパークのぬいぐるみと、プライズゲームで取得したらしい余り物。
そうだっけとも思い、変に怯えてばかりの暮らしもつまらないと感じた所でゲームの参加もお開きになってしまって、

「……よお、この前は悪かったなぁ?」「……え?」

電源を切ったモニターの背後に振り返った先には、広くも無い部屋の中で金毛の獅子人が人間の事を見ながら楽し気に舌なめずりをしていた。

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あきゅろす。
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