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短篇
霊-2
空き部屋の方が多かったアパートが、ものの一週間足らずで殆ど埋まっている。誰も彼もが立派に大柄な獣人であり、筋肉質な面々が多い印象。
時々にガタガタという音が壁の向こう側から聞こえて来るし、くぐもった音やら何やらはそれ以上に取り分け真夜中に聞こえて来る様な気がするし。
ネットでの調査の結果あのトイレ以外に近場にハッテン場と呼べる場所は無くなってしまったらしい。噂の主は何処へといったのやら、考える程背筋が寒くなる様な気がしてならない。

「良い人っぽいんだけどなあ……」

ここ数日で人間の下に送られた引っ越し蕎麦入りの箱はまだまだ部屋の片隅に積み上げられる程残っている。
食費が浮くのはありがたいのはありがたく、トッピングの数々や味わいの違いをまだ堪能出来るしこれといってアレルギーでも何でも無いならばまだまだ美味さを感じられる余裕がある。
テレビ画面を見ながら麺を啜るだけで夕食と夜食の間めいた時間の食事も呆気なく終わり、ツユを一滴残さず味わってからふう、と一息。

時刻は日付の変わった頃合いであり、アパートの階段を登って来る軋み、隣の部屋の扉が開かれる音。
どんな職業をやっているのかも矢継ぎ早にやって来た新入居者のお陰で既に朧気だったけれど、今辺りの時間帯から何かの音が聞こえて来るのは間違いなかったものだった。

『っっ……ぉ……あ……っっ……』
「…………」

あんまり考えたくないし、アパート全体がごく小さく、隣の部屋である人間の下には感じ取れる程、実際の部屋の中には相当に響いて来るぐらいの衝撃でもあるのだろう。
部屋の中で何が行なわれているのかと言った事までは首を突っ込みたくないと思う。覗きで犯罪だし、そこまで興味を持っていたら逆に食われるなんて事ありふれてもいるからだ、と。

「……ああ、自分の馬鹿」

そこまで思っていたけれど、飲みたいと思っていた飲み物が冷蔵庫の中には無く、備蓄も無い。近所のスーパーで買った方が安上がりだがアパート前の自販機にもある銘柄。
たった一日程度我慢すれば良いだろうと天使か悪魔か分からない声が響く。が、明日の日中には用事があるし、夜にはまたヘッドホンを身に着けてゲームの世界に潜ったりもある。
ここしばらくはいけないかもしれないとの違和感に気が付いて、どうやら我慢の利かないらしい自分に思わず溜め息を吐き出すしかなかった。

『ぬぐおっ、ふ、ふぅっ……!』『っはおぉぅ、おぅ、おぉっっ……!?』
「…………」

念の為に財布を持って、ほんの数分も掛からない外出ながら施錠する。扉越しに聞こえて来るくぐもった音は明らかに野太い声色が混ざっており、きっと男、或いは雄同士なのだろうというのは分かった。
だけではない。時間的に閉じているかと思っていた扉があろうことかこの時期に半開きであり、部屋の内側から光が漏れ出て来ているのである。
そういう趣味か扉が無い方が興奮するのか、それともトイレで事に及んでいる方が近いのだろうか。
部屋の間取り的に人間が通りかかる際は開いた扉を通り過ぎる必要があった。

「……何だよ、もう」

なるべく目立たない様に、足音を立てない様に、どうか気付いてくれません様に。何度も頭の中で思いながら、頭を無にして通り抜けようとして。

『あ、っ』『おうっ……おやおや……』
「…………ひゅっ」

そこで目にしたのは、扉の外に見せ付ける様に、玄関先で繋がっていた獣人達。
思わず人間の口元から変な呼吸音が飛び出していて、足取りは止まってしまっていた。

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