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短篇
欲会-1
何かしらのイベントなんて自分で決めれば良いのではないか、といった事は毎度の様に思えている。
どれだけ寒かろうが行きたいならば春や冬にだって海に行けば良い。責任として自分の尻を吹けるんだったら猛吹雪だろうが登山してしまえば良い。
けれども世間様と言うのはそういう訳にも行かない。商売柄なのかはどうでも良いし、秋が深まっていると言った頃にはもう冬、早ければ既にクリスマスムード。

「……寂しくなんか、無いやい」

誰に言うでもなく一人暮らし中のマンションの中で呟いてみたけれど、答える者は誰も居ない深夜帯。もうどうでも良いな、と思いながら、けれど冴えた目はちっとも閉じてくれてはいない。
大学の課題も終わったけれど、終わったら終わったでやる事が無くなってしまうなんて思いもしなかった。スマホを弄り続けてはいけないといった変な価値観だって今日は消えていないというのに。

「…………よし」

スマホを見っぱなしではいけない、と言った思いに打ち克ってネットサーフィンを始めるより前に行動。深夜であろうが知った事か。ちょうど小腹が空いている、あそこのファミレスは24時間やっていたなと思い立ったが即行動。
思ったよりも寒い外気に上着を取るのをやめて眠ってしまおうかと一瞬、かなり、結構な時間の一瞬思ったりもしたが、えいやと決意を固く結ぶ。解凍品ばかりだったとしても美味しく頂こう。
あと、戻って来たらクローゼットの奥から引っ張り出したこの上着を洗おう。

「ほーらぁ、だから完全貸し切りにしとけって言ったじゃん?」「でもさあ、こういう出会いとかあるから面白いもんでしょ?あ、好きに奢るから何でも頼んでね」
「…………」
「人間の匂いだな」「こんな日のファミレスに来るだなんてな」「逃げないって事はさ、別に良いんじゃない?」「あのジャケットちょっとカビ臭いぞ」

とかなんとか思っていたちょっと前の自分を思いっきり殴り飛ばしてしまいたくなる。以前に目にした記憶の通りに、ファミレスは深夜であるというのにコンビニと変わらぬ明るさを保っていた。
良かったと考えていた数分前の自分だったら両足を揃えて蹴っ飛ばしたい。ただ開いているというのを気にせず中の様子をもっと見ておけば違和感に気が付いたかもしれないというのに。
真夜中であるのにまるで明かりを隠す様にロール式のスクリーンが窓全面に敷かれているが、自動ドアは作動したのでいいんじゃないかと思っていたら。

入店して早速飛び込んで来たのは、こんな深夜だからとやる気の無さげな営業スマイルを浮かべる様な店員ではなく、獣人だった。夜行性の獣人だって居るというからそこまで気になったりはしない。
彼が、彼等が一糸纏わぬ全裸であり、股間の玉袋やらスリットやら尻といったブツを全部剥き出しにしている以外は。と言うか店員もエプロン一枚で、普通に服を着ているのは自分一人となっていた有り様である。
通報か駆除か一瞬悩むくらいの出来事に気を取られている間に、手に持ちっぱなしだったスマホがすっと大柄な狸人の手によって奪い去られている事に気が付く。

「悪いねえ、ちょっとこっちは通報とかされると色々面倒な事になっちゃうからさあ……選んでくれる?このまま大人しく戻ってくれるか、それともちょっと付き合ってくれるか」

柔和な声に相応しいかどうかも分からない張り出した胸元と腹周りの肉。いや、それ以前に四肢の太さが自分とは段違いで、股間にぶら下がっている物も俗説を通り越してなんか偉い事になっている。
ドキっとした感覚を残しながら、はい、と確かに言った。言ってしまった自分が居た。こうして逃げられない角の席で、全裸の獣人達に並んでドリンクバーが普通に並んでいる訳である。

「ちょうど今辺りの日って何も無いじゃん?だからこういう集まりをして、何となく溜まってるもやもやを何となく発散しようってイベントなんだよ」
「…………」

少し、ほんの少しだけ、自分と近しい何かを感じた。服装以外は。

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