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短篇
さもさ-1
「うぎゃあ」

突然に頸に掛けられた感触に、思わず古風な叫び声が口から溢れ出てしまった。まだ間違って踏み付けてしまう程には伸びていない筈だったが。
何回か軽くぶんぶんと振り回して、ぱっと離れる。生理的に涙目になってしまいながら背後を振り向いてみると、そこには自分よりも大柄な猫人の姿が居た。
獅子人としての鬣を持っている訳でもなく、虎人らしい縞模様でもない灰色と白色とが入り混じった毛並みに見える。頭に白色のラインが走った、所謂ハチ割れ、といった毛並みのパターンだろう。

「……いきなり、何をする」「ごめんなさい、あんまりに魅力的に括られていたので仕方なく噛み付いてしまいました」

口元に挟まっている髪からするに、後ろで括っていた髪束に噛み付かれて振り回されていたらしい。ごろごろという音の混ざった声からするに楽しかったらしい。
それだけで人の髪に噛み付いて振り回されたというのは、流石に失礼だというものだろう。だから謝っている。そっと髪を摘まんで確かめたら、仄かな獣臭さが漂って来た。

「本当に勘弁してくれよ、折角頑張って伸ばしてるんだから……」「ああ、ごめんなさい、すいません……あんまり魅力的なものだったですから」
「…………」

ヘアバンドで留めてから三つ編みで纏めている髪であったが、大柄な身体の猫人の身体が縮こまっているのが何とも言えない奇妙さで申し訳なさが全身から溢れている。
と言った所から許そうと思っているのではない。その真後ろで揺れているやたらと長い尻尾が膨らんだまま、大きく揺れ動いているのが気になり出してしまったからだった。
灰色と白色、そして黒色がほんの僅かに混ざっている尻尾に見えている。自分の髪とそれほど変わらない色艶に見えるし、毛並みが光に反射して輝いている様に見えて、ああ、なんと魅力的な

「みぎゃあ」

突然に掌の中に収まった感触に、合わせて溢れた叫び声以上の極上の毛並みを堪能してしまった。生きている証としてふわふわの毛並みに芯の通った感触は温かさを帯びている。
中から必死で逃げ出そうとしている様に蠢く感触を掴めばまたぎゃあ、と声が上がり、軽く上下に擦り上げてみてはにゃぎゃあ、と大それた声が間近で放たれるのが分かる。
そこでやっと無意識の内に、先程猫人に髪を噛まれてあれだけ困っていた人間側が、猫人の尻尾を掴むどころか扱いている事に気が付いた。
手を放してももう遅い。気が付けば先程心底申し訳なさそうな顔をしていた猫人側が、涙目になりながら人間の方を見下ろしている。

「……ごめんなさい」「あ、いえ、これで、そう、これでおあいこで、良いですか?」
「……はい」「はい、ありがとうございます、それでは」

さっきと比べて随分と機械的な言葉が返されながら、そこで一旦別れる。もう二度と会わないだろう。同じ事があってたまるか、と二人共々思いながら。
同じ様に日頃の手入を欠かさないのだから、時々ドアに挟もうが、どこに引っ掛かろうが、突然に噛み付かれようが毛を切るだなんてとんでもない、とも同時に思っているものだった。
それから数月経過した頃。もう厚ぼったい髪型が地獄を見て、獣人側も冬毛が残っているのだったら頭まで蕩けてしまいそうな季節になっているのに。

「あ」「あ」

噛み付かれた時以上に長く伸ばした髪をはためかせながら、人間は猫人を見た。
以前にも比べてボリュームを増している尻尾を真っ直ぐ立たせて、猫人は人間を見た。

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