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短篇
やてたご-8
「出来たぞ。無事に受理されて、これで俺達の仔は正式に受理された事になるが」
「思ったよりも大事になったのは何故だろうか?」「本当に分かってないのか?」

産婦人科に男が入院している。おまけに獣人と人間とがカップルである。そして人間側が確かに妊娠しているのだと確かな診断が下った。
話を聞き付けられた結果おもちゃ箱の重箱詰めを引っ繰り返したかの様な、人間の見立てでは三方向ぐらいかなと思っていた所を六方程からの騒ぎが舞い込んで来たのであり。
騒ぎの果てに大病院へと移されて、正式に妊娠している上に胎児もすくすくと育っているのが判別して一安心。
元より獣人が幼少期に罹った経験のある医師が出て来て、懇意にしてくれる事にほっと一安心。

騒ぎがやっと落ち着いて、人間の休学申請他諸々の事情が通った時には、既に人間の身体は臨月を迎えている。
膨れ上がった腹を撫でていると確かに動いているのが分かる。大きく張り出した腹部の内側で、確かにとすん、といった衝撃と共に胎と獣人の掌を蹴って来る。
如何なる検査を行おうとも間違いなく妊娠しているのだと判明し、無事に出産出来るだけの状況が整うまでにこれだけの時間を有してしまった。
落ち着いたというのではなく、これからが大変なのだと。獣人の家の中には赤ちゃん用の衣服やらベッドやらが山と積まれているもので、人間の身体は更に丸みを増していた。

「大体の書類は読んでるから問題は無い……そう思っていたが」「何か問題か?」
「ここまで上手くいくどころか、こうして君の仔を孕む事になったなんて……改めて考えると、とんでもない事を行ったのだなと」
「本当だよ」
「……それで、思ったよりも嬉しい気がして……変に鼓動が早まったりする事があるだけれど、これはどういう事だと思う?」

言葉の意味を聞き取る前よりも、獣人の尻尾が激しい勢いで揺れ動くのが本人にも分かってしまう。どんな返答をするのかよりも、本能が何を意味しているのか分かっている証拠だった。
異形の姿であったとしても気兼ねなく接してくれた人間に。または、自分の身体を実験台という形でありながらも、こうして孕んで、後はもう産み落とすしかない状況になるまで受け入れてくれた人間の事に。

「……母性本能になるのかは分からねえけどな。俺の事が」「…………」

言いかけた所で、獣人もまた言葉に詰まるものだった。顔色を見る限りは本気で分かっていない表情を浮かべているもので、素直に話すにはあまりに純粋過ぎる。
本当にあれだけ乱れてしまっていた上に、丁重に身体を洗い清めても獣人自身の雄臭が染み着いた程に仕上がっていたというのに。今となっては甘い雌の色香を、男の匂いの中で確かに感じる。

「お、俺の事が……好きになったんじゃねえ、のか?」

言い切ってしまった後で、ぶわっと全身の毛並みが逆立ったのが分かった。本気で好いているのだと言い切った後で理解して、急に恥ずかしくなって思わず視線を逸らす。
逸らし終えても横目に見るのは、ベッドの上に横たわってブランケット越しにも張り出している丸みを帯びた腹は否応なしに良く見えるもので。人間も獣人の言葉を聞いて、意味を理解して、

「成る程、母性本能というか、セックス後のホルモンバランスの変化が僕の中で変化をもたらしていると見て良いのかな」
「……あ?」
「セックスの間に脳内麻薬が分泌される様に変化を遂げるのだな、それと同じ様に僕の精神が君を好かなければまともに生きていけないのだと」
「おい、ムード……」
「阻止する意味も無いんだろうけれど、興味深い……寝そべってるだけでもないが、やる事は絶えないかな……」
「…………」

物凄い勢いで論文をフリーハンドで書き綴る人間に、まだまだ苦難は絶えないだろうと。
どうしようもない苦笑いを浮かべながら、自分の妻となった男の頭を幸せそうに撫で回すのだった。

【終】

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