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短篇
剥き出し-9
全裸の獣人がそこら中に居る。以前まではそんな感覚ばかりに満ち溢れていたものだったけれども、今の青年の頭の中には違いを見分けられるだけの経験が残っている。
毛先の様子からするに毛並みを整えて貰ったばかりであるのだな、とか。暑がりであるので本来の期間よりも早めに脱皮しているのだな、とか。或いは尻尾の付け根で揺れている芳香剤を、何気なく眺めていたりだとか。

「…………」

あれから結局、図書館で出会った猫人と犬人にしか手を出される事が無く、気が付けば全裸のまま身体の中も清められて店のソファに寝かされて、二人には死ぬ程謝られた。
そんなに謝るんだったらどうして自分に色んな意味で手を出したのか分からなくなるくらいには謝られた。それだけ自分の匂いが獣人達からしたら魅力的になってしまう事になるので、色んな意味で複雑であったけれど。

『いや、最初に出会った時からその通りなんだ。君は人間の中でも良い匂いがする』
『シャンプーの匂いとかそういうのとか含めてもかなり良い匂いだからな。俺達以外に手を出されてないのはマジで運が良かっただけだからな』

本気でどんな反応を見せれば良かったのか、今になっても青年の中で具体的な答えは思い付く事は無い。
ただ、服を着直す時に一本の抜け毛も存在して居なかった辺りは、きっと丁重に扱ってくれていたのだろうな、という事は分かる。
あの時がただ一時の熱に浮かされたのではなくて。以前から興味があっただとか、或いは獣人が全裸になっている理由が分からない事こそが、頭の中で怒りになってもやもやとしていたのかもしれない。

今では幾らかの理解があった。獣人の中でも履物すら履いていないのは五人に一人程度しか居なくて、バンテージを巻き付けている者の中には爪の形状からそもそも履けない者も居る。
蜥蜴人や竜人といった股間に陰嚢が存在して居ない一部の獣人こそが完全な全裸と言い切っても良い様な存在であり、下着の代わりに前張りを身に着けている者も少なくはない。

「……変な物好き、か」

全裸過ぎるのがとにかく嫌だと忌避感に塗れていたのであったが、図書館どころかスマートフォンを片手に調べられるだけ調べた結果、それだけの理解度を得てしまった訳である。
同じ学校の獣人が全裸である理由だって分かっているし、最近になって腰ではなく二の腕や太腿にポーチを取り付ける様になったのも獣人達にとっての流行りの一種になったのだと分かっている。
人間であるのに、公衆の面前で脱ぎ去っただけで叫び声を上げられて警察を呼ばれてしょっぴかれる立場であるのに、ここまで詳しくなってしまった。

何とも言えない曖昧な雰囲気に小さく自分で自分を笑ってしまいながら、図書館から借りた本を読み直す手も自然と止まる。
あの猫人達と出会った図書館に本を返しに行った後は。そんな気分を元にして、今度は確固たる意志を持って足を踏み出すのだった。

「……結構な目に遭ったのにさ。また来るなんて本当の本当に稀少な物好きだね、君」「しかも普通にロッカーに直行するなんて、癖になった変態としか思い浮かばねえぞ?」

時刻も曜日も以前に出会った時とほぼ同じ頃。かの喫茶店に訪れてみたら、獣人達の中にあれだけの目に遭わせてくれた猫人と犬人の姿が見える。出会い頭ににっと目を細めている様子が見える。
言葉の通りに自然にコインロッカーを慣れた手付きで開いてしまって、そう言えば以前に使った時は返って来なかった事に今更ながら少しだけ凹んでしまってから、下着も服も全てを放り込む。
ぺたり、と床に素足の感触を触れさせて、以前よりも堂々としている分その股間に備わっている竿と玉袋、合わせて獣人達も身に着けている芳香剤が玉袋の根元に紐で括られていた。
思ったよりも違和感が無いのは驚いた。ばら売りではなく複数個セットで購入してしまったのでまだまだ余ってしまっているけど。

辺りの獣人達がざわめくのを感じる。前も咎められなかった上に、自分も同じく興奮はまだしない。芳香剤を身に着けている以上、猫人達が燃え上がる要素も薄まったのだろうと、

「あー、あの、買ってくれたのはありがたいし、そんな風に着けてくれる気遣いも本当に嬉しいものなんだけど……」
「臭腺と汗腺がごっちゃになってる人間からしてみりゃ、獣人用の芳香剤をタマだけにくっ付けてても殆ど意味ねえぞ?」
「えっ……え?」「だから今君がやってるのって、ただ……いや、十分にこっちに誘い掛けてるのと同じ事なんだよね……だから、ね?」

また一歩の進歩を経て、やがて青年が獣人の事を深々と理解する事になるだろうか。
前進も兼ねた肉欲は、本日も終わりそうになかった。

【終】

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