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短篇
飛豚-9
何が起こったのかはミンサーでも理解出来た。あれだけのヒーローが背後から襲って来ているのに、背後で振り向いてみれば僅かずつ緩慢な動きで此方に武器を振り翳しているのが見える。
光線の類さえもじっくりと注視して少しずつ動いているのが分かる程度に動きが鈍くなっていて、その上でミンサー自身とコンソールの入力は通常通りに行う事が出来ていた。

「名前が分かっていたならば、もっと素直に感謝出来ていただろうねえ……」

入力を進めながら、第5世代のヒーロー達の全てを掌握する事が出来る様なコードを造り上げていく。真っ直ぐ画面を見届けながら。
時間が完全に停止しているのではなく鈍化しているのだから、何気なく振り向いてみると前に見た時よりもヒーロー達は近寄っていて、武器と光線の類も着実に此方へと迫ってるのが分かった。
徐々に逃げ道はなくなっていくのである。カチカチと頭の中では、或いはこの力場の中で時計の音が聞こえている。時間停止の能力持ちは、稀少であるのだからこれでも十分有難い。

「…………」

最期のヒーローが遺したものを全て使い果たして、ヴィランである自分が得をする。だが、コードを打ち込み続け、大半が間違っていないが、何気なく察するものもある。
作成したコードを実行して、この場から逃げ出す時間までは残っていないのだろうと。ヴィランとしてミンサーが活躍する、最期の仕事にして悪行になってしまうのだろうと、本能的に察した。
逃げる事は出来る。逃げる事はまだ出来る。今の内に尻尾を巻いて逃げる事は出来る。まだ掻い潜れるだけの余裕はある。作業を続ければ続ける程に、余裕がなくなっていくのは当たり前の話だ。

自殺したヒーローを時々に見る度に、勇気が湧き上がって来るのを感じるというのも皮肉な話であるだろう。ヒーローが救うならばヴィランは襲う、そんな仲であったのに。
彼の偉大さは良く分かる。特に真後ろを見渡してみれば、刈り取ったらしいヴィランの首を小さく縮めてネックレスとして首元に巻き付けている者が居る。指であったり眼球だったり、明らかに陰嚢にしか見えないものを貼り付けているサイボーグだって居た。
無惨に扱うのが当たり前になったこの世界で、第一に奪った最初で最後の命が自分本人しか居なくなったのだから。

ヒーローにやる気を呼び起こされるなんて、何とひねくれたヴィランであるのだろうか。
ヒーローの死骸を見て良い気分になるだなんて、何と悪いヴィランであるのだろうか。

「ぶへへ」

自分がどちらであるのかさえもどうでも良い。だが、今のミンサーには何気なく考えた矛盾に自分で笑ってしまう程の余裕がある事だけは確かであった。
放たれた火球からじわじわと背筋に向かって熱気が広がって来ている。コードを打ち込み続けている間に着実に時間が経過している中、それでも両手指の動きは止まらなかった。
不意に壁を突き破り、他の面々と比べそれ以上に素早く侵入を果たして、緩慢な動きではなくスローモーション程度の動作を持ってミンサーに向かって掴み掛かって来た存在を確認しても。

両目の奥底が蕩けていて、両手足は義足と義腕で造り上げられていて。
彼が改修され、音速の十数倍程の速度で撃ち出された事でミンサーを屠りにやって来たアルカディア・ドラゴンなのだと理解したのと、あっさりとミンサーの身体に両手が触れたのはほぼ同時の事だった。

「殺してええええええええ」
「ぬぐっ」

緩慢な動きでありながら、咄嗟に掴んだ両手で振り解けない程の重たさがあった。両肩を掴んで来た両手がずぶずぶと服の中から肉に埋まる。骨を軋ませる。

「やらああああぁあああああ」
「この、ぶはぁっ!」

身体がゆっくりと押し出される感覚を味わいながら、強引にでも振り解く。肉が毟り取られようとも、今ではコードを打ち込む事を優先していた。

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あきゅろす。
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