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短篇
飛豚-8
『気が付けば全員がおかしくなっていた』
「…………」
『潔癖症の気があった仲間のヒーローの両手には血生臭さと腐肉の匂いが漂っていて、候補生達は嬉々としてヴィランだった者達の肉を穿っていた』
『地獄の様な日々の中で、私も従わざるを得なかった。老婆を轢き潰すのを断れば中年が、それを断れば幼子を轢き潰すのが当たり前の様に……』

ヴィラン同士が結束する様な事は、ミンサーの周りでは存在しない。組んだ事が無い訳ではない。
活きの良いヒーローを陥れる時、偶然に趣向が噛み合ったヴィラン同士、遠方に滞在しているヒーローの肉親を捕まえて人質兼見世物に仕立て上げる時。
長らくの経験を持ち合わせている以上、最も悪辣なものというのも理解している。やりたくも無い事を強制させる事。大事な人を壊す事。

薬物、凌辱、拷問、調教、数回だけではあるが直接脳を弄る経験まで重ねた。まともだったものを壊すのは誰だって出来る。
まともだったものを都合が良い様に壊す事には細心の注意が必要である。例えるならば、日常生活は普通に送れる一方で、身内の顔面を躊躇いなく踏み潰す事を出来る様にするかの如く。

『せめてこの手記を見た、以前と同じ精神性を備えたヒーローが居るのならば、幸あらん事を』
「…………」

血と内臓の破片が指の形にへばりついている手記の最後はそんな言葉で締め括られて、パスワードも鍵も必要ない程には無防備になっていた、
これから先、まともな相手が来る事を祈ってたった一人、ここまでセキュリティを甘くした末に強制させられた凄惨な出来事に耐えられず、そんな辺りだろう。
ミンサーの知る限りでは、たった一人のヒーローは、周りが狂っていく様子を全てに焼き付けてしまいながら死んでいった。ならばヴィランである自分はどうするべきか?

当然ながら、利用するしかない。愚かなヒーローを。自分で自分の命を絶ってしまった軟弱な臆病者を。
両手にぐっと力を込めて、既に起動済みだったコンソールへ入力していく。チップ内に介入するハッキング・スキルは既に手の中にあった。

「居たぞーっ!」
「くそっ……」

そして此処は敵の本拠地であるので、扉を押し退けて早速ヒーロー達が突っ込んで来る。何人いるのかも知りたくない。開けた窓は無い分、侵入箇所が扉に留まっているのは有難いが。
本気で彼を信じるしかない。人間に手渡された、重たさからすれば黄金製であるのだろう、やたらと年季が入り、この上なく丁寧に磨き抜かれ、
「我が最愛の親友に捧ぐ」と裏面に文字が彫られていた懐中時計は、ミンサーの手の中で祈った途端に消失していった。




「時計を使ってくれたみたいだなあ……覚えてるか?俺がこの世界に来る前の前の……十四個前の世界で貰ったんだっけか」

コントロール・ルームを中心に時間を歪曲させる力場が広がっていく様子を見上げながら、人間は片脚の折れたベンチに座っていた。
バンダナを口元に巻き付けて隠しているし、猫耳のカチューシャだって着けっぱなしで、隣の「彼女」を見ながら人懐っこそうに笑っている。
金属音が聞こえるのは彼女の口元辺りからであったが口を動かしている様子は見える事無く、それでも構わず人間は笑っている。

「メンテナンス無しで三百年は持つって言ってたけど仕方無い…ヴィラン一人除いて世界が敵に回るなんてな……偶然だったが、こうして出会えて良かった」

雑音が響き渡る。極めて耳障りな不協和音が放たれるが人間は身震いしながらも指摘はしない。
ヒーロー達は集結している。巧みな連携によってこぞってコントロール・ルームへと昇り、空中を飛行しては壁を破ろうと火力を放ち、
そのヒーローの姿も、放たれたミサイルも光線も、力場の中へと入ってみれば途端に速度が緩慢な物へと変わっていく。

任意の対象と発動した相手以外の時間を遅らせる空間だ。あれだけの力を発散させられたのならば、十分な時間稼ぎになるものだろう。なってくれなければ困る。
超音波を発し始めた「彼女」を見て変わらず笑いながら立ち上がった。

「ヴィランがあれだけ頑張ってるんだもん、俺も頑張らねえとな……んじゃあまた次の世界で!」
「…………」

元気よく走る人間の背中を見届けながら、ほんの少し、ほんの僅かに手を振った。
同時にエレベーターが爆発四散した。人間は少し狼狽しながらも、非常階段を猛烈な勢いで駆け上がり始めた。

「このぐらい何ともねえ……俺の名前を知らねえヴィランが上に居るんだからな!」

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あきゅろす。
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