短篇
飛豚-5
夜中になれば、窓から閃光が走ってはぼんぼんと激しい音と共に蛍光灯の明かりがチラついて電力の供給が不安定になっているのが分かった。
翌朝には、何処かのヴィランの組織が密かに製造していたらしい空中に浮かぶ巨大な要塞が空で消し飛んで明々とした光だけを残して、残骸さえも残らなかった。
翌々朝には、冷蔵庫の奥底に眠っていたマーガリンの容器の中が明らかに盛り上がっているので、テープでぐるぐる巻きにして窓の外へと投げ捨てた。
前と比べて空気が震える事も無くなったし、ニュースには殺害人数と死亡人数と惨殺人数のテロップが常に見える様になっている。こんな状態から落ち着いた。そう言って良いのだろう。
「……さて。これで君の言葉の通りに、安定するまでの時間が経ってしまったって事になるのかな」
「特に気分が悪いとかは無いか？傷も治ったみたいだけど、急に罪悪感に苛まれたり冷蔵庫の奥の方に溜まってたドロドロをパンに塗って食べたいなんて気分は」
「無いよ。全く無いよ。これで実入りの無い情報しか無いんだったら、君を腹いせに殺すぐらいの事は考えてる」
「よし。だったら教えてやろう、世界の直し方って奴をな……これはオーイナさんって人から聞いた話なんだが……」
世界の常識が様変わりしたならば。例えば男女の関係が入れ替わったならば、もう一回入れ替えれば良い。半回転した世界ならば、もう半分の回転を加えれば良くなるもの。
今の様に、ミンサーを除いての善悪と市民との基準がごちゃごちゃの混沌へと変貌してしまったならば、以前と同じ状態の正常さを保っている相手が以前と同じ事をこなさなければならないのだと相変わらず猫耳カチューシャに顔をバンダナで隠した人間は語る。
正義であるならば困っている相手を助ければいい。市民であるならば善悪のどちらかを手助けするか享受すれば良い。
「そして悪であるなら、悪を成せば良い。それを基準に悪とはどういったもんだったのかを人は思い出す。悪に対抗して正義が出来上がり、悪に倣ってまた別の悪が芽生える……」
「……思ったよりも分かりやすくて助かるねえ」
「その代わり世界は強くなってるし、アンタは正直言って弱くなってるけどね」
目元の腫れも収まり、身体の青あざも縮まってはいるだろうミンサーは、人間からの言葉にムっとした。食糧も彼と、ミンサー本人のふて腐れ解消の為に残り少なくなり、がっつく手だって止まらない。
いつの間にか録画していたのか、ＤＶＤレコーダーを起動して再生を始めているのが見える。日付は二日以内、恐らくはニュースの切り抜きだった。
「善悪の基準ってのがあった筈だろ？そんな事まで出来るのかって気分があったし、勿論行き過ぎた善性も悪性もあっただろうが……ここ最近はその辺のバランスだって大きく変わっちゃったもんでな」
「…………」
「これはヴィランの連中だ。今では自分の武器や能力で自分の足回りを中心に自壊する痛みと自分の死によって世界がよりよくなる事を見越して泣き笑いながら絶頂してるだろ？」
映像の中では、ヴィランの連中が自分の武器や能力で自分の足回りを中心に自壊する痛みと自分の死によって世界がよりよくなる事を見越して泣き笑いながら絶頂していた。
「これはヒーロー側な。自分の身内や恩人がヴィランの手に堕ちない様に自分の手で犯しながらの快楽と背徳感に照れ笑いを浮かべながらめった刺しにしている所だろ？」
切り替わった映像の中では、ヒーローの身内や恩人と思わしき面々がヴィランの手に堕ちない様にヒーロー達が犯しながらの快楽と背徳感に照れ笑いを浮かべながらめった刺しにしていた。
年齢も見た目も外見も種族も性別の全てがバラバラであるのに、全員が恍惚の表情を浮かべているのが目に入った。
中年ヒーローが実の母親である老婆を犯しているのも。
父親のヒーローが難病の息子の婚約者が産み落としたまだ喋れない程の孫を犯しているのも。
老人が少年を犯しているのも。
「この辺が今のスタンダードだ。はっきり言うけど人の身体と心をすり潰す事が得意だなんてのは性癖の一つにすらカウントされてないっぽい。あのヒーローが強かったのもあっちの強化とアンタの弱体化が同時に残っているから」
「…………」
「勿論空き缶のポイ捨てとかじゃ足りないからな。世界に大々的に響きそうなくらいにデカい悪い事をやる必要がある……アンタが悪を突き通せるかって話になるんだけどな」
映像を見て、確かにミンサーは自分の気分が悪くなってしまっているのが分かった。怖気が走る中で、自分の力が大したものではなくなってしまっているとも自覚していた。
人間によって話されるまで、そんな違和感に気付かなかったミンサーが居た。
「……心当たりが、一つだけ」
「悩まなくて良いねえ、それに付き合うぜ」
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