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短篇
飛豚-4
曇ったドアミラー越しに見える顔は酷い有り様だった。普段は笑っている顔の片目周辺は腫れ上がっている。飛び散った血の染みは凄惨さを彩り、腹部周りには大きな青痣が出来ているだろう痛みが残る。
精神面はそれ以上に揺れている。家に戻る時には無かった両脇から背中全面にかけてじっとりとした冷や汗がくたびれたタンクトップに浮かんでいる。明らかに力は上だった。何だったら暴力性も。

「……助かりはしたんだけどお……まず、君は誰なんだい?」
「悪い人相手にそうそう簡単に名前は教えるかっての」

善人か悪人かであるよりは、案外ろくでもない相手であると理解が行った。
見た目的には人間であり、頭には猫耳を模したカチューシャを嵌めている。鼻からしたはバンダナが巻かれて隠されている。
声色からすれば男性で、服装よりも首から鎖で下げた懐中時計の方が気になった。金色の外見に表面には無数の傷があって、長らく使い込まれているのだろう。

「それよりも聞きたい事は無い?無いんだったら説明してやろう」
「……どっちにしても、今の所君に頼るしかなさそうだからねえ……何があったんだい?」
『……ヒーロー達の発表を受け、我々市民も奮起し、ヒーローもヴィランも纏めて皆殺しに勤める事を此処に発表致します!』

人間がスイッチを入れたカーラジオ越しには、これまた奇妙な内容が堂々と公共の電波を使って発信されている。助手席から窓を覗き込めば、何かが飛来して街に向かって落ちていく光景が見える。
携帯電話を持っていた事を思い出して確かめてみれば、知り合いのヴィランからの謝罪文が200通程送られていた。
悪を止める。愚かな自分を制裁する。自分に対しての救済しかない。さようなら。

「ざーっくりと言っちゃえば、世界が曲がったって所だな。正義のヒーローも悪のヴィランも、その間に挟まってた筈の市民もね、お前以外」
「……僕以外?」
「そう、お前以外。普段のヒーローが両手両足を失った状態で全力で車に追いつこうとしてる事とかあった?今みたいに」

振り向いてみればアルカディア・ドラゴンが走る車を追いかけているのが見えた。骨が見えて血のスタンプを撒き散らしながらも、しっかりと存在しない両足の断面で走っている。
速度はかなりのものだ。普通に飛ばしている人間に、不穏な振動を始める車体。小さく首を横に振って、だろうな、と人間はきっとバンダナの中で笑みを浮かべていた。
それでもアルカディア・ドラゴンの方が速い様に見える。が、口元から上着を取り出しながら、その場で嘔吐して転げ落ちて行った。

「んで、安全な場所に何か心当たりってある?この辺初めてだし基本道なりに進んでるんだけど…個人用シェルターとかあると心強いな」
「……無いねえ。強いて言うなら、僕のあの家かな」
「風呂場掃除しててよかったなあ……このまま真っ直ぐ進んでたなら爆撃受けるかもしれないし、早速戻るとしよっか」

言葉の割に異常に手慣れた車の動きによって、即座にUターンした軽自動車は家へと向かっていく。
血の跡はあるがアルカディア・ドラゴンの姿は存在せず、背後に、あのまま道なりに行った先に、また数筋の何かが落下していく様子をドアミラー越しに見た。

家の中に戻ってみれば、冷蔵庫の中身は二人分の生活を暫く送るのに十分だった。衛生面を少し無理すればの話であったけれど。

「俺に何かやっても悪人のアジトの中だから何も言えないけどな。それだと何も分からなくなるのは分かっててくれよ」
「……じゃあ、名前教えてよ」
「それはまだ駄目です」

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あきゅろす。
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