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短篇
飛豚-3
『す!!!!!!!!!!!』

どんな時でも。お茶の間のヒーローにして当時最強の存在の名が挙がっていた存在が完全に開発され尽くされた末に殺される動画が拡散されても。
彼の甥っ子であるヒーローが失踪して、脳組織を含むすべての断片がくっ付いた装備の破片だけ送り付けられても。これは他ならぬミンサーの手によって行われたのだから、よく覚えている、知っている。
彼の冷徹さを。どれだけ優勢であると報道されても決して楽観視せず、どれだけ絶望的な情報を発表する時でも瞳の奥に燃える正義への信頼を。燃え上がる冷静さを。

今まで積み重ね続けたものを全て不意にする勢いで、両手に血管を張り巡らせた状態で壇上を思いっきり叩き、牙を剥き出しにして豪快に叫んだ。突然の暴風がまた家の横っ面を叩く。
炸裂であると気が付くのはもう少し先になるかもしれない。

『これによりぃぃぃぃぃぃぃあああぁぁぁ!今現在今世界中に存在する全てのヒーローは!全てのヒーロー候補生は!今後一切の倫理観を捨て去る事をぉぉぉぉぉぉぉ!ここに発表しますぅぅぅぅぅ!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』
「並びにいぃぃぃぃ!今後ヒーロー以外の生物的存在の人権含む全権利は認めませえええええええええええええええええええええんっっっっっっっっ!!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

振り上げた拳と共に、賛同する咆哮が挙げられる。賛同者が居る。あの場にいる組織の関係者全員が、信じている言葉なのだろうなと何となく理解出来てしまう。
ノイズが混ざり始めた放送。がたごとと背後から音がした方に振り向いてみると、アルカディア・ドラゴンが目を覚ましているのが見えた。人造義眼が細かな駆動音を捉えながらミンサーの姿を見上げているのを見返した。
目の前でごぐん、と音がして、下着を丸々飲み込んだのが目に入った。

「……何があったのかなあ?全くヒーロー側も変な事を考えるけど、今の所君には関係無」
「ヒーローじゃないんだろお前っ!惨たらしく死なせてくれる事を俺に感謝しろ!」

ぶちぶちと、音が聞こえて、衝撃が。意識を取り戻したのがついさっきの事で、此処が何処であるのか、自分は負けたのか。気絶した相手はそんな風に確かめるのが定例であったが。
アルカディア・ドラゴンは違っていた。恐らくはミンサーの事を理解した途端に、拘束されていた手足を気にする事なく、全力で殴ろうとしたのだろう。
一瞬で彼の両手足は関節から引き千切られた。その上で殴り飛ばす勢いは消えやしないまま、ミンサーの腹部に一撃が入る。
豚人であり一種の特異体質である彼の身体は並みよりも遥かに重量を携えたものであったけれど、一瞬で理解する。理解の後で痛みと衝撃とがやって来る。

先程戦った万全の状態よりも、ずっと、遥かに、強くなっていると。
気が付けば思ったよりも吹っ飛んでいた。壁を僅かに削り取って、風呂場に通じる扉の前まで吹っ飛んで、そこで思いっきり殴りせり上がった胃袋の中身を吐き出してしまう。
咳き込んで吐き出したものに赤色が混ざっている。天井にまで血が飛び散っている程の力。筋肉の繊維まで千切れる勢いでの一撃ではない。血を撒き散らしながら、怒りを孕んだ顔でアルカディア・ドラゴンが迫って来る。
手足が無い四つん這いで。それでも野良犬の様に素早く。

『洗剤の追加が無いとこのぐらいが精一杯か……』
「……っく、こ」

問答無用で転がっているミンサーの身体に足が繋がっていた部位が叩き付けられる。手首から先が無い腕が全力で殴って来る。火花を散らす両手足が。
ずっとされるがままになるしかない痛みと重たさだった。明らかに先程までとは力の質が違っている。

『助けって要るかい?俺としちゃこの窓も要らない様に思えてるんだけどなー……』
「っぶ、ぶふあっ……た、助けっ、要る、要るがぁっ!!」

咄嗟に身体を押して、血のスタンプが押し付けられた身体が自由になる。自由になった途端に風呂場へと振り向いて逃げていく。
逃げたのであった。両手足をなくして、一度は勝利したアルカディア・ドラゴンから。稀代のヴィランであるミンサーが。

窓は取り外してあり、落ちた先には既に自動車のエンジンが掛けられていた。
外の景色は吹き飛んでいた。

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