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短篇
飛豚-2
ミンサーが普段寝床に使っている部屋の中がどうなっているのかと言えば、部屋の外を取り巻く空間をそのまま凝縮した様な風味が漂っている。
部屋の片隅に置かれたごちゃついたガラクタの数々に棚の上には着古して伸びきった衣服が乱雑に置かれている。ヒーローだったものの残骸。不気味な色になるまで使い古された丸められた布団。

「安心してよね、第5世代の解剖図だって作った経験があるからさ……最初はちょっと難しくて、難儀させてたんだけどねえ」
「壁と部屋の隅からドロドロが止まらねえ…ちょっとの力を入れるだけでブラシの先っぽが抜けるどころか崩れていきやがる」

六畳一間の中心に堂々と鎮座しているのは金属製のベッドだった。血の染みと錆で覆い尽くされており、その上へとアルカディア・ドラゴンの身体を寝かせる。
手慣れた動きで両手首と両足を拘束する。言葉の通りに第5世代のヒーロー「だった」彼等から取得した合金によって誂えられた枷と鎖は力では決して外せず、能力を封印する術式まで組み込まれていた。
まだ目を覚まさないのを良い事に、ガラクタの中へと半分埋まっている様な道具箱を取り出した。血と渇ききった肉片がへばりついている箱の外装とは真逆に中身は万全に整った道具が揃っている。

「どこかの研究所から貰ったらしいけど、ひょっとしたら君の技術が使われていたのかなあ?ちょっと調べてみたいから、最初は君の身体から金属パーツを全部抜き取る事にするねえ……」
『この排水溝の掃除した経験無いみたいだなー……逆流して来た水もヘドロ混ざってるなーっ』

舌を噛まない様に口元に差し込んだのは今現在ミンサーが纏っているシャツと同じ程にくたびれて、同じ程に汚れ切ったシャツを丸めて作った猿轡だった。呼吸を阻害しても意識は覚まさないが、吸気口からの音が大きくなったのを鋭敏に聞き取る。
やっぱり以前に「挽いた」次世代サイボーグ型ヒーローと同じなのだろう。確信しながら笑みを浮かべて、その手元からメスと電動ドライバーを取り出す。
ぶっとい上腕に相応しい様な無骨で太くて幅広い爪を纏っている両手に相応しく巨大で、強化された皮膚すら容易く引き裂くメスと、多少の荒事まで難なくこなせる立派なミンサーの道具である。
何人血を吸わせたのかは忘れた。精液と尿を吸わせた回数は覚えている。誰も彼もが良い声で啼いてくれたけど、それ以降股間で遊びにくくなるのがほんの少しだけ残念だった。

「……うー……うぅぅっ……」
『うおっ、石鹸が古タイヤみたいになってる』
「……ああ、そろそろ目が覚めるかな……大分時間も経ってるし、ニュースになってるかもしれないねえ…」

猛烈な臭気、純粋な悪臭を纏ったシャツを口の中に詰め込んだからか、眉間に皺を寄せながら身体を動かし始めたアルカディア・ドラゴンを見下ろして壁掛けテレビのスイッチを入れる。
既に分かっている。分かった上で両耳をぴくりと動かして、その上で無視をしている。時々、こういった相手が舞い込んで来るのだ。自分からわざわざ蜘蛛の巣に掛かりに来る様な馬鹿な虫が。馬鹿な虫並みの存在が。
度胸試しの為に訪れた住民であっても、此方の所在を嗅ぎつけて手柄を取ろうとやって来たヒーローであっても。しゅこしゅこと風呂場を磨く音が聞こえて来るのはちょっと訳が分からないけれど、良い遊び相手になりそうだった。

点灯したテレビはちょうどニュース番組が映し出されている。テロップには「アルカディア・ドラゴン失踪?」の文字。
自分がやったんだよと、ミンサーは思わず笑った。何度目にしても、何度似た内容を見たとしても心が躍って、何ともいい気分になる所があった。
神妙な顔つきで語るアナウンサーと、ワイプにはヒーロー教会だかのお偉方である犬人が引き締まったスーツ姿で会見している姿が見えている。元は民間人であり、一切の能力も改造も行っていないとされる。

『この度、アルカディア・ドラゴンは体内に内蔵されたGPSさえも除去された状態で、何者かの手によって攫われてしまった可能性が…それだけ高度な技術や設備を持ち合わせたヴィラン集団の手による可能性が高く……』
「ほら、君の名前が出てるよお。確かに君の身体は昔の技術が高度に組み込まれてるけど、GPSを取り除くだけならあの場で出来ちゃったんだけどねえ……」
『迂闊にやったら窓割れるなこれー……ちぇっ、そろそろ諦めるか』

今日も聞き飽きた程の言葉が、犬人の口元から流される。ヒーローの失踪は大体一週間に二、三回あるのが珍しくなく、報道されないものまで含まれたならば更に多い。
闇に消しているのがミンサーを含むごく一部のヴィラン達によるもの。個人の趣味によって。或いは大々的な組織内のビジネスによって。

『早急な解決、そして今後とも我々はヴィランの魔の手から市民を守る為に勤めて全員ぶっ殺しまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ「……えっ?」ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ『もしもヒーローが居るんだったら、今直ぐ遠くに放り捨ててくれねえかなー』ああああああああああ

横っ面の猛烈な暴風が部屋を揺らす。
最寄りの街に爆弾が投下された余波である。

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あきゅろす。
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