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短篇
飛豚-1
アルカディア・ドラゴン。敢えて第3.5世代の施術を全身に用いた事で、抜群の安定性を誇る半サイボーグ型のヒーローである。
第4世代の性能に対応する為に徹底的な肉体的・精神的な鍛練に励み、肉体年齢以上の力量を発揮する様になった。単独行動から複数のヒーローを用いた大々的な作戦にまで対応可能な柔軟性、第4世代の装備を問題無く使用可能な拡張性。
何よりも正義の心と無垢なる市民へ惜しみない慈愛の心を向ける一方で、ヴィランに対して微塵の容赦も行わない完璧主義者な点が分かりやすいと評判であった。

現時点で討伐したヴィラン組織は2つ。確保・撃破に携わったしたヴィラン総数は56名。
肉体面の強化と改造を含めての将来性も極めて有望であると、きっと我々をヴィランの存在しないアルカディアへと連れて来てくれると。
各種メディアが惜しみない称賛を浴びせた立派なヒーローであった。

「…………」
「いやあ。いやあ……ごめんねえ。第4世代の気持ちで戦ってみたんだけど、まさか君の内臓パーツが此処まで脆いとは思わなかったんだあ……」

火花を散らす各パーツと片脚が千切れて完全に意識を失ってしまっているアルカディア・ドラゴンに対して、心の奥底からねちっこさを感じる様な口調でその豚人は独り言を呟く。
黄色い汗染みが両脇と胸元を中心にべっとりと染み付いたままの着古したシャツには色褪せた犬のキャラクターがだらしのない笑みを浮かべていて、幅広の短パンにも身体から落ちる汗がぼたぼたと雫と染みを作っている。
今現在運転している中古の軽自動車の外装もあちこち塗装は剥げてフレームの一部は錆び付いているし、現在ドラゴンが寝かせられた助手席にしても僅かに揺れるだけで被っていた埃が立ち上っていた。

「ひょっとしたらこの次の改修で弄るかもしれなかった部分だったかもしれないけどさあ……まあ、仕方ないよねえ。GPSも外しちゃったし……」

最初には覆面等で顔と素性を隠しての犯罪から始まる。改造なり覚醒なりで力を得てから、自分の名前を広め出す。
大抵が小規模な組織を作り上げた辺りでヒーローによって討伐されるか、大規模な組織に加入しての尻尾切りに使われる者が大半。
しかし、時に覚醒した力によって。度を越した改造によって。或いはヒーロー側の弱点を的確に狙える悍ましい頭脳その他の理由とが合わさって、例外は悪であっても存在するもの。

その頃になると素性を隠す必要もなくなる。ヒーロー側が名付けてくれるのだ。最大限に警戒する対象の呼称として。
一見は種族通りに肥え太って、だらしがない格好に相応しくだらしがない体型をした豚人も、そんな具合のヴィランの一人であった。

「まだ目が覚めないんだねえ……ちょっと薬が強過ぎたかもしれないけど、起こす手段は幾らでもあるからね」

歯を剥いて笑いながら黄ばんだ歯列を見せて呟き、辿り着いた場所は当然ながら豚人が普段暮らしているアパート。築50年は下らない部屋の中で、何人ものヒーローが犠牲になっていた。
ある者はヒーローだった頃に着けられていた装備の中に、ペースト状になるまですり潰された組織を詰めた状態で発見された。
一際悪に対して厳粛だったとされるヒーローは、今では路地裏で身体を売って薬と日銭を稼ぐ事しか頭の中に詰まっていない。

誰でも何でも、肉体も精神も。興味を抱けば正義も悪も。誰彼構わず潰し続けた末に、豚人は肉挽き機、ミンサーと呼ばれる様になっていたのである。
当然ながら見た目の通りに防音用に改装等されてはいない。何だったら周辺の住民さえも存在して居ない。彼が住んでいるからといった理由で、要警戒地域とまで認定された。
今となってはヒーローの残骸がそこら中に転がっているばかりである。アルカディア・ドラゴンの身体を担いで部屋の中まで運んでも、誰一人として咎める者が居ない程に。

「いらっしゃい、散らかってるけどねえ……」

玄関先に転がっていた、精液漬けの死体を蹴り飛ばしながら、鍵を掛けても居ない薄っぺらな扉が開かれた。

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